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バイマンスリーワーズBimonthly Words

朝令暮改を良しとせよ

1997年05月

社長秘書の話

そうですね。ここのところ社長は新商品のことで頭がいっぱいで、とくに試作品の完成を待ちわびておられました。形状のこと? それはよくわかりませんが、S課長が最終の打ち合わせだと言って社長室に来られて、私がお茶を運んだときに「ここをもう少し大きくすればOKだ!」と社長が試作品を手におっしゃっていたのを覚えています。どれくらいの大きさなのかはわかりません。

S課長の奥さんの話

あなた、あの夜は10時頃に帰ってきたわよね。半年くらい前からずっと残業ばかりでくたくたになっていたけど、「今日、社長に最終的な了解を取ったから後は工場にまわすだけだ」と言ってほっとしていたわ。言ったとか言わないとか、大人げない話になって・・・ あなたも大変ね。

コンサルタントに話したS課長の言い分

社長はあの時、間違いなくこの部分をあと10ミリずらして形状を整えたらOKだと言ったんです。私が社長室に入る時に、最終の打ち合わせををお願いしますと言ったのでこれが最終決定であることは社長も分かっていたはずです。だのに「そんなことは言っていない」でしょう。いったい誰を信じればいいんですか? ここ半年はほとんど休みなしでやってきました。一所懸命にやっているのに、途中で何度も社長から修正が入って私の精神状態も限界にきていたんです。そのくせ顔を合わせるたびに、「早くせよ!」でしょう。最後にやっとOKがでたので、せっかちな社長のことだからあわてて金型の発注をしたんです。そしたら急にストップでしょう。金型のメーカーもカンカンですよ。社長もこれからは任せていくと言っているんだから、とことん任せてくれないと困ります。もうこの商品を最後まで面倒みる気はありませんよ。

解説

どこの職場でもあるような話です。
「言った、言わない」「そんなこと聞いてない、いや、伝えました」といったトラブルは日常茶飯事のようです。このようなトラブルが起こらないようにと考えられたのが文書による管理です。ところが文書は確実なようでも、書くのが面倒、手続きが面倒、時間がかかる上に書類の山が出来上がるという欠点を持っています。何よりも書類がないと動かないという融通性のない組織風土を作ってしまう可能性があるのが文書による管理の最大の弊害です。最後には責任回避、自己保全の道具に使われるようになります。考えを整理し、人に正しく伝えるために文書が使われるのはいいことですが、決裁や報告・連絡のたびに書面が要るというのはどうも考えものです。かといって口頭だけでは限界があり、やはり何かを残さないと後でトラブルを起こすことになります。そこで登場したのが電子メールですが、すぐ近くで机を並べている人間と電子メールでやり取りするというのもおかしな話で、まだまだ職場でうまく活用する方法は確立されていません。

「言った、言わない」の問題解決はどうも伝達手段を改善しても限界があるようです。
はたして社長は、言ったのか?言わないのか?どうなのでしょう。真実は“薮の中”なのでしょうか。

コンサルタントに打ち明けたK社長の心境

確かにS課長の言うようにあと10ミリずらせばOKだと言いました。そのことは私も認めているんです。しかし私が言いたかったのは、形状が変わる可能性は今後も十分にあるということです。だから私の出したOKが最終決定ではないんです。設計が確定し、試作品が完成した後でも生産体制や品質管理の問題も残されているし、販売のほうから要望がでてきて、追加修正しなければならないこともあるでしょう。市場に行き渡った後にエンドユーザーから不良品だとしてリコールされることも覚悟しなければなりません。S課長はこれが最終で、後は御役御免のように思っていますが、まったく終わっていません。それどころかこれからが本番なのです。これからは販売に成功することが最重要な問題に移行します。開発責任者だったら常に全社的な観点で事に当たって欲しいのです。与えられたテーマを必死になって取り組むのはビジネスマンとしては当然のことです。われわれは単なるビジネスマンではいけません。プロフェッショナルなのです。プロというのは最後の最後まで気を弛めませんし、最悪の事態をも想定して手を打つものです。ここのところが分からないままに進めると確実に失敗します。私が何度も途中でチェックを入れたのは、仕事に対する彼の姿勢を改めてやりたかったのです。毎日遅くまで頑張ってくれたので、ねぎらってもやりたいし、一席も設けたいと思っています。しかし、まだまだそんな時期ではないんです。試作品についてはOKだと言いましたが、それですべてがOKだと考える甘い姿勢に喝を入れるためにストップをかけたんです。

解説

ウームなるほど・・・・納得のいく話ではありませんか。信念をもって部下の指導をする素晴らしい経営者だと思います。でも、残念ながら今回のトラブルの発端は、筋の通った話であるにも関わらず納得できるように説明できなかったK社長の方にあるようです。

そこで今回のトラブルの本質を考えてみましょう。
二人が言っていることはどちらも尤もなことですが、論点が違います。論点の違いというのは、立場の違いによっても起こりますが、当人の意識の中で「何を問題にするか」の違いによって起こることがほとんどです。S課長は「社長は言ったのか、言わないのか。(自分の言動に責任を持ってもらわないと自分がやりにくいじゃないか・・・)」という過去のことを問題にしています。一方のK社長は、「試作品はOKと言ったけれど、今の取り組み姿勢ではOKではなくなってしまう」という、これからのことを問題にしています。

「言った、言わない」の真実が明らかになり、「そらみろ!俺は正しかった」となればS課長の面目は保てるでしょう。つまりS課長の抱えていた問題は解決されるのです。ところが、K社長が抱えている問題、言い換えれば会社が新たに抱える問題の解決には一切ならないのです。それどころか、S課長のレベルの低い満足感が引き金となって、セクショナリズムが蔓延する可能性が一挙に高まります。

問題というものは、時間の経過と共に刻々と、生き物のように変化していくものなのです。
このたびの動燃(動力炉・核燃料開発事業団)の再処理工場爆発事故は、当初、爆発事故が起こったことが問題でした。しかし、その後に様々な事実が明るみになるにつれて問題が進化していったのです。マスコミの論点は、火災の通報が大幅に遅れたことに進展し、その後は火災直後の現場写真を破棄して事実関係を出来るだけ隠そうとしている動燃側の運営姿勢に問題が移ってきています。

TBSのオーム真理教ビデオ漏洩事件の時もそうでした。「そのような事実はない」というTBS側の弁明から疑惑問題が始まり、オーム側にビデオを見せておきながら、一方の坂本弁護士にはその事実を知らせなかったTBSの姿勢に問題が移り、最後にはTBS経営陣が事実の隠ぺい工作を行ったことによる報道機関に対する信用問題にまで発展していきました。

一般に問題の輪郭がはっきりするまでの段階では、「言った、言わない」「見せた、見せていない」といった単純な議論が繰り返されます。ところが、このような議論を続けていても問題は解決しません。それはお互いが自分の立場保全行為をしているだけで解決の方向には向かっていないからです。事実関係が明らかになっていく過程で本質的な問題が見えてくるはずですから、発展的な論点に移行しなくてはなりません。そうすれば、問題が変わってきますから組織のリーダーが打ち出す答えも変わるのです。

会社は生き物です。ですから問題は次から次に起こります。その問題はじっとしていません。動き回っています。当然、会社に存在する最重要な問題も進化しており、じっとはしていないのです。ですから組織のリーダーは個々に起こる問題に対し、臨機応変に答えを出し続けなければならないのです。

朝令暮改という言葉があります。朝に命令を下しておきながら、夕方には簡単にそれを改めるということで、こんな命令の出し方ではあてにならないという揶揄の意味もあるでしょうし、組織を指揮・指導するリーダーに対する警鐘でもあります。ですからリーダーは、当初に打ち出した方針や指示を安易に変更してはなりません。

しかし、現実は言葉通りはいきません。特に中小企業の運営には臨機応変な対応がどうしても必要です。東に向かって進軍せよと命令を下した後に、西から敵が攻めてきているという情報が入っても放っておけるでしょうか。方針変更を必要とする時は、周りからなんと言われようと速やかに変更しなければならないのです。

管理者の多くはトップの打ち出す方針や指示が変わるたびに不満を抱くものです。かといって、部下からの批判を恐れていては経営者としての意思決定を間違えます。不満を抱いたとしても、朝令暮改を良しとしてリーダーの打ち出す方針に沿って俊敏に動く管理者を育てることがもっとも大切なのです。ですから、朝令暮改は出来る限り避けなければなりませんが、朝令暮改を良しとする組織風土を作ることは経営者にとって重要なことなのです。

しかし、このK社長、いったんOKを出した時にすぐさまS課長と一席を設けて酒を酌み交わしながらじっくり話しておれば分かってもらえたような気もしますが、いかがなものでしょうか?

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