バイマンスリーワーズBimonthly Words
中途採用者には下駄を脱がせる
戦後最悪の失業率を記録するほどの経済状態になってしまいました。
当分の間日本経済はこの状態から脱出することはできないでしょう。いや、もっと厳しい状態となる可能性もあります。ご存じのようにこれまで日本経済を下支えしてきた終身雇用制により、実際は失業していながらデータには表れない社内失業者が大手企業を中心に溢れています。いずれ企業では社内失業者を抱えきれなくなり、一挙に社外へ流出していくでしょう。その時こそ日本経済が最も弱体化し、われわれ企業経営者にとって最も厳しい時になるかもしれません。
一方、中堅・中小企業では小さな市場ながら着実に業績を伸ばしている企業が数多く存在します。彼らは今がチャンスとばかり、優秀な人材の確保に乗り出してきました。新卒者はもちろん、大手企業で経験を積んだ幹部社員の中途採用にも積極的です。
長年、完成されたシステムの中で身を粉にしてきた大企業の戦士達は、企業運営のシステムを持たない中小企業の経営者との面接の場で、大いなる期待をかけられて再就職していきます。それは、優れた技術力を買われる技術者もあれば、管理職としての経験を活かし経営幹部として再就職する人など、それは第二の人生を賭けた人間ドラマでもあります。
ところが、残念なことに大手企業から中小企業に再就職してもほとんどは当初抱いていた期待通りにはなっていません。それは中小企業の経営者にとっても、再就職した本人にとっても言えることです。
高い年収を保証し採用した中小企業経営者は「もっとやってくれると思っていたのだが・・・」と期待外れ。再就職した本人は「なかなか自分の能力が発揮できない。こんなはずじゃなかったのだが・・・」といった感じでしょうか。将棋の持ち駒のように指し手が変わっても同じ力を発揮してくれるというわけにはいかないのです。
これから日本全体で人材の流動化傾向が激しくなることを考えると、中小企業が中途採用で簡単に失敗する訳にはいきません。
それは、企業にとっての損失であることはもちろん、当人にとっても人生を賭けていますから再就職の失敗は悲劇につながります。一つの社会問題にも発展してしまう恐れさえあるのです。
悲劇は面接に始まる
大手企業で管理職を経験し、中小企業に活路を求めて再就職しようとする人は、どんな心境でやってくるのでしょう。
「長年大手企業の完成されたシステムの中で中間点の課長クラスまで昇ってきた。ところが、これからは今以上の地位に上がれる可能性は低い。ならばこれまでの経験を活かせば中小企業ぐらいならもう少し高い地位で、もっとやりがいを持ってやれるのではないか。もちろん、やると決めた以上は骨を埋めるぐらいの覚悟でその会社に尽くしたい。本当にやれるかどうか不安もあるがやってみたい。」
こんな感じでしょうか。
一方、中小企業の経営者は、モラルが低く、名刺交換一つさせてもろくにできない社員を抱えて長年人材不足で悩んできました。そんなところへ縁あって大手企業で経験を積んだ優秀そうな人材が来てくれることに、過大なまでの期待を寄せます。彼との面接の際には、とくとくと嘆きに近い語り口で我が社の人材不足について訴えます。この話を聴いた再就職希望者は、「何だこんな程度なのか。これだったら今の俺の力で十分やっていけるだろう」と、意気込んで入社してきます。
ところがなかなか思惑通りにいかないのです。
完成された大手企業のシステムの中でトレーニングされてきた人材は、いざ中小企業に入ってみるとそのギャップの大きさにアレルギーを起こしてしまいます。頭の中ではわかっていたのですが中小企業の実態に体がついて来ないのです。
大手企業で培ったシステムはその企業独自のシステムであって、必ずしも入社した中小企業に合ったシステムであるとは言えません。多少アレンジしたところで体質の違う中小企業では反発を食らうのは当然でしょう。
笛を吹けば動く組織と、動かない組織がある・・・。そうです、中小企業の多くはリーダーが指示、命令を下してもその通りにはなかなか動かないものなのです。
中小企業は俊敏な組織体であると言われています。しかし一方では、目標意識が低く、競争心がないためにリーダーの思い通りに動かせないのも中小企業の特徴なのです。
中途採用者には下駄を脱がせる
なぜ、中小企業では目標意識が低く、競争心が生まれてこないのでしょうか。
それは、集団というものは放ったらかしにしておくとそのようになってしまう性格を持っているからなのです。リーダーが十分なリーダーシップを発揮しないで、なおかつ組織運営のシステムをもたなければ、集団は自然のうちにぬるま湯的なものに変質していきます。
中小企業のほとんどは組織運営のノウハウを持っていません。放ったらかしになっているのが実態です。
前向きな中小企業経営者は、自社の社員の目標意識が低く、競争心のない状態を何とかしたいとして管理者にその改善を求めます。中途採用で招聘された管理職人材に期待することとはこの点に尽きるでしょう。
ところが、中途採用の管理職で失敗するケースの多くは、当の本人が目標をなくし、競争心も忘れてしまったありきたりの社員になってしまっています。ミイラを盗りにいったつもりの本人がミイラになっているのです。
なぜこのようになってしまうのでしょうか。
じつは、中小企業にはシステムと呼べるものがないのです。
長年の間、完成されたシステムの中でトレーニングされてきた大手企業出身者にシステムのない中小企業で過去のような活躍をせよ、と期待する方が無理なのでしょう。
問題の原因はすべて中小企業の経営者側にあると言わざるを得ません。まして、経営者が自分のリーダーシップ不足を中途採用の管理者に求めるのは、経営者の怠慢以外のなにものでもありません。
具体的な失敗の原因は、面接の際に経営者が過度の期待を彼にかけてしまうことにあります。
面接されている本人はその期待に応えようとするあまり、たとえ、そんなに力がなくても自分には実力があるように、相手に、そして自分にも言い聞かせようとします。
これが恐いのです。
過去の経験と過去の実力という使い物になるかどうかわからない「下駄」を経営者がわざと履かせて入社させているのです。これは、本人にとって精神的に重くのしかかってきます。本人は下駄を履いているつもりがなくても、入社の際に過去の勲章をぶら下げてしまったために社員も皆そのように見てしまっています。ことあるごとに「私は知っています、私はできます」という態度に出なければなりません。その毎日は、鉄ゲタをはいて仕事をするようなものです。
中途採用者には素足で入社させましょう。
「あなたの過去の経験や実績はよくわかりました。しかし、それが我が社でも通用するかどうかはわかりません。ですから新卒者の気持ちで入社してください。過去の経験や能力は、一旦、ないものとして対応します。」
このように、指導者としての毅然たる態度で接してはいかがでしょうか。この方が再就職する人も精神的に楽になり、持てる実力も発揮しやすいでしょう。
私達は、人が培ってきた過去の経験や能力に対して、尊ぶ心を持たなくてはなりません。しかし、その経験や能力はそれまでの組織内で有効だったのであって、新しい組織でその力が発揮されるかどうかはわからないのです。企業をあずかるリーダーはこの点に見識を持って人材の開発にあたってはいかがでしょうか。