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バイマンスリーワーズBimonthly Words

左手に人事 右手に財務

1995年03月

長期不況、円高、大震災、そして更なる円高攻撃と、中小企業を取り巻く環境はますます厳しいものになってきました。これらは企業の業績を直撃し、な中小企業の財務体質を圧迫していきます。いくら営々と積んできた内部留保であっても赤字を出し始めると、二倍以上のスピードで失われていきます。それは台風の前に無残にもめくれ散っていく瓦のごとくあれよあれよという間に散財するのです。

中小企業ではリストラが進んでいない

まず、次の設問を3分以内で解いてみて下さい。解答は末尾にあります。

読者の中に「経営は机上の計算通りにはいかないからこんなことやってもしかたないよ」とお考えの方はいらっしゃいませんか? 確かに計算通りにはいかないでしょう。しかし、改善計画を持たずに流されるままに日々を送っているため、急激に財務体質を悪化させている企業も多いのです。それはリストラが進んでいない証しなのです。リストラを悲観的なものと捉えてはなりません。それは激変する環境への適応行為なのです。ところが俊敏であるはずの中小企業のリストラが進んでいないのは残念でなりません。

中小企業においてリストラが進まない原因の一つに、トップの財務に対する見識不足があげられます。

弊社の会計部門のメンバーには「月々企業訪問をして会計上のチェックをし、社長さんに報告しようとしても会ってくれない」という悩みを持つ者がいます。これは当方の力量不足もありますが、社長が苦手なことから逃げているという姿も見えてきます。

トップが経理を理解できなくても大きな問題ではありません。財務数値を見て様々な想定ができる財務管理能力が重要なのです。さきほどの設問ぐらいは3分以内で解いていただきたいものです。プロとアマの違いはあらゆる場面が想定でき、最悪の事態をも予測したうえでその対応法を導き出せるかどうかにあります。経営者は経営のプロであるはずです。経理に強い、計算が早いというだけでは事足りません。財務上の様々なシミュレーションが頭の中に用意されている必要があります。そして自分の思う財務状態に向けてハンドル操作ができる技が要るのです。

大手企業の苦悩

中小企業のリストラが進まない二つめの原因として、人事についての見識不足があげられます。さきほどの設問にあったような人件費を削減することは、現実問題として簡単には出来ないのです。大手企業は思い切って断行していますが、家族的雰囲気を特徴とする中小企業では経営者の姿勢を問われることになるからでしょうか。人事リストラは進んでいません。高齢化が進み、若手社員が採用できないために退職させることもできない下請企業。業績が急激に悪化しているにもかかわらず年々固定給与を上げざるをえない若い社員を多く抱えたサービス産業等々中小企業の抱える人事問題は深刻です。

では大手企業で人事問題は深刻でないのか。答は明らかにノーです。中小企業とは比べものにならないほど構造的な問題を抱えているのが大手企業の実態です。

今春の鉄鋼大手の賃上げ交渉は経営側の出したベアゼロ回答で決着しました。ところが定期昇給分は社員が会社に在籍しておれば自動的に上がるというシステムを採用しているためにベアゼロであっても人件費は上昇します。

社員が会社に在籍しておれば自動的に昇給するという旧来からのこのシステムが大手企業の経営者にとって最大の悩みでもあるのです。仕事をしなくても、十分な成果をあげなくても人件費が上がってしまう。このシステムのために利益が圧迫され、人員削減をもやむなくされます。人員削減の対象の中には優秀な人材もいるでしょう。環境にそぐわないシステムというものは社会的な問題にも発展するのです。

大手企業の定期昇給分は、その年に退職した人の賃金が支払い原資になるという循環作用が働いて資金が回っていました。しかし、それも限界にきました。

大手企業の経営者が自らの頭の中で思考、創造したシステムが自らの経営を圧迫し、社会問題まで引き起こすという恐ろしい現象です。

リーダーシップを補うのが人事制度

大手企業はなぜ人事制度を整えたのかを考えてみましょう。

答は簡単です。それはトップのリーダーシップが行き届かない部分を制度で補ったのです。

このように考えると人事制度の未整備な中小企業が大手の真似事をして人事制度を整備しなければならない理由は何もありません。トップが一人一人の社員を正しく評価し、賃金を決め、職務適正を把握するリーダーシップがあればいいのです。何も面倒で融通の効かない制度を作る必要はないのです。

ところが、トップが願う理想の人材像と現実の人材との間に大きなギャップが現れた時には考えなければなりません。多くの中小企業のトップは自分とオーバーラップさせて人間的な側面から理想とする人材を求めます。積極的で元気なトップはそういうタイプの人材を好みます。穏やかで感謝心に満ちたトップはそのような人材が育つような教育を施します。

ところが、現実はトップの思うような人材が育っていないのが実態です。何故なのか?それは社員というのはトップの考えよりも、制度の影響を強く受けるからなのです。

そこで自社独自の人材評価制度が必要になるのです。

自分の会社では、どのような思考、行動をする人材が高く評価され、どんなことをすればマイナス評価されるのかを明確に提示しなければなりません。またそれはどこかの借り物であってはなりません。トップの意志をそのまま反映させるのが制度なのですから。

もっと重要な問題があります。

それは人件費を抑制しなければならない時にその方法が判らずトップがズルズルとした日々を過ごしてしまうことです。このことは即、財務上の危機につながります。

それは辞められることを恐れるためにリーダーシップが発揮できないからかも知れません。また、もともと低賃金なのにこれ以上下げることはできないというのが本心かも知れません。しかし断行しなければ、いずれ企業全体が沈んでしまうことを忘れてはなりません。

人事制度の改善はこんな時に有効に働きます。自分の考える方向にリーダーシップが発揮できなくなったとき、またこれまで以上にリーダーシップを発揮しなければならないとき、制度というものは中小企業のトップに勇気を与えてくれるのです。

リーダーシップがとれないトップに愛想を尽かした有能な人材が去り、組織にぶら下がっているだけのぶら下がり族が安穏と残っているという最悪のケースも現実に起こっています。

経営とは煮詰めていくと人事と財務を操る力になってきます。どちらかが欠けても企業はバランスを失います。俺は苦手だとは言っておれません。多くの企業が決算を迎え、昇給の時期を控えています。いい春を迎えるために左手には人事、右手には財務をいつも携えておきましょう。

[設問の解答]問1 36ヶ月  問2 60ヶ月 問3 95,000千円

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