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バイマンスリーワーズBimonthly Words

大人を見るに利ろし

2019年05月

「私は即位以来、日本国憲法の下で『象徴』と位置付けられた天皇の望ましい
在り方を求めながらその務めを行い、今日までを過ごしてきました。
譲位の日を迎えるまで、引き続きその在り方を求めながら、
日々の務めを行っていきたいと思います」

昨年12月に開かれた平成最後の天皇誕生日記者会見のお言葉です。
これからも「象徴」としての在り方を求めていかれるという。
そこには戦争放棄を貫く日本国憲法に対する畏敬の念と、
自らの人生に与えられた使命感に溢れています。

以前にも小欄で紹介しましたが、人生には、
「目標達成型」と「天命追求型」があります。
上皇はまさに天命の追求を続けてこられました。

「目標達成型」とは、将来のビジョンや目標を設定し、
その達成のための行動計画に基づいて実践する生き方です。
「天命追求型」は、目の前の仕事に懸命に打ち込んでいるうちに
社会への貢献や天から与えられた使命に気づく、という生き方です。

それはどちらが良いか、どちらを好むか、ということではなく、
置かれている状況によって自然に変化してもいいでしょう。
ビジネス界のリーダーは目標達成型の傾向になりますが、
人生の後半で天命追求型に変わっていく人もいます。

人は三年 権力を握ればバカになる

元 伊藤忠商事の社長、会長であり、駐中国大使をも務めた 丹羽宇一郎氏。
社長に就任した1999年に約4000億円の不良資産を一括処理し、
さまざまなリストラを断行して経営改革中は無報酬を貫きました。
そして、翌年の決算では同社の史上最高益をあげています。

同じ頃にカルロス・ゴーン氏による日産の経営改革が話題になりましたが、
“日本人社長には しがらみがあって思い切った改革ができない”
という世間の論調に対して真っ向から反発。
「メンツを考えた、自分中心の経営である。日本の経営者だってやれるはずだ」
と、外国人社長にリストラを頼る風潮を「日本の恥」と嘆いた。

「人は三年 権力を握ればバカになる」
丹羽氏は会長になってもバカにならないようにと電車通勤を続けた。
愛車は年季の入ったカローラで、”社長なのに?”と言われたらしいが、
「言いたい奴には言わせておけ!」と一蹴。
なんと気骨のある経営者でしょう。

日産の経営に絡む問題や、現代の政治や行政に蔓延っている現象の、
本質に迫るような見解を”歯に衣着せぬ物言い” で迫ります。
社長を6年、会長を4年務め、民間初の中国大使に就任。
まさに天命追求型の人生を今も邁進されています。

なぜ丹羽氏は窮地にあった伊藤忠のトップを引き受け、
極めて難しい中国大使という重責を担うことができたのか?
氏は言う。
「人生、人智に及ばぬこともある。… その解は『易経』にあり」

易経というと「占いの書」と思われがちですが、
丹羽氏のいう易経は古代中国の権力者が学んだ書物。
時の本流を見極める哲学書であり、帝王学の書とされます。
特に易経の初めに登場する「龍」の話は、その意味合いが強い。

驕りや慢心によって軌道から外れていく

易経研究家 竹村亜希子氏は、その著書「リーダーの易経」で、
「龍」の話を段階に分けてわかりやすく解説しています。
それは地に潜み隠れていた龍がいくつかの過程を経て、
大空に昇って飛龍になり、衰退するまでの物語です。

龍はリーダーを意味し、その成長は六段階に分かれています。
第一段階が「潜龍(せんりゅう)」で、地中深くに潜んでいる龍が志を培う時。
第二段階は「見龍(けんりゅう)」で、地上に現れて師に習い、基本を徹底して学ぶ時。
第三段階は「乾惕(けんてき)」で、毎日同じことを繰り返し、日進月歩の成長をする時。
第四段階が「躍龍(やくりゅう)」で、トップになる一歩手前のレベルにあります。
そして躍龍は好機を捉え、いよいよ第五段階の「飛龍(ひりゅう)」となります。

飛龍に昇り詰めたリーダーへの教訓はこうです。
~ 飛龍(ひりゅう)天にあり 大人(たいじん)を見るに利(よ)ろし ~
飛龍は天にあって、雲を呼び、雨を降らせて万物を養う。
能力を発揮し続けるために、周りの人、物、事に学びなさい。

龍の絵に必ず雲が一緒にあるのは、龍が雲を呼び寄せ、
恵みの雨を降らせ地上の万物を養う役割を背負っているため。
つまり飛龍は社長であり、雲は社長と一緒に働く人を表しています。
そんな飛龍に対して”大人を見るに利ろし”とはどんな意味があるのか…。

企業が順調に推移すると、どんな経営者でも「驕り」が芽生えます。
周りの方のおかげなのに、自分の力であると「慢心」する。
そして驕りや慢心は経営者の洞察力と直観力を奪い、
時流が求める軌道から大きく外れてしまう。

大人とは「師」とすべき人物のことをいい、
周りのすべての人、物、事を師とせよ、という。
自分より下の諫言や友人の意見に耳を傾ける度量を持ち、
誤りを素直に認め、軌道修正する謙虚さを忘れてはならない。

天命に気づいたリーダーは ゆるやかに着地する

リーダーが耳の痛い諫言をする部下を遠ざけ、
自分に都合のいい意見だけに耳を傾けていると、
本当に優秀な人材は、一人二人…と去っていきます。
こうなると最後の第六段階「亢龍(こうりゅう)」になってしまいます。

~ 亢龍悔いあり ~
驕り高ぶり、昇りつめた龍は必ず後悔をする。
従う雲を突き抜け、雲が及ばない高みへ向かってしまう。
飛龍が昇りつめてしまったら、あとは落ちていくしかありません。

飛龍は自然の成り行きとしていずれ亢龍になっていきます。
しかし、周りの声に耳を傾けて軌道修正ができるなら、
亢龍になっても急激に衰えて、失速することはなく、
ゆるやかに着地することができる、と竹村氏はいう。

丹羽氏は経営の一線から引退された後、未来を担う若者への期待と、
戦争がもたらす悲惨さを訴えた著書「戦争の大問題」を出版。
それは膨大な学びがもたらした天命によるのでしょうか、
まったく衰えを感じない晩年の人生が輝いています。

一般国民の声に耳を傾けてこられた上皇の姿勢は、
平和への貢献を天命とした”大人を見るに利ろし”でした。
~ 令和元年 ~
戦争のない平和な世の中となる元年であることを祈ります。

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