バイマンスリーワーズBimonthly Words
善根を積む
私たちは疑いの目で見られているのか?
日本中のすみずみに防犯カメラが設置され、
SNS情報や、携帯電話の内容までが記録される。
いつも誰かに監視されているようで、いい気がしません。
マイナンバーもしかり。
どんな収入で、どこにいくら預金して、
将来は病院での治療内容まで把握されるという。
マイナンバーの背後にある存在に恐ろしさを感じます。
経営者に対する不信感も強まっています。
大手家電メーカーの会計処理の不正に始まり、
工事データの改ざん、自動車の燃費データ不正など、
謝罪会見をするたびに、経営者のイメージは落ちています。
不正があるたびに「悪」を封じる対策が打たれます。
上場企業の経営者には、社外取締役の配置が義務化され、
社員には、不正をしないような仕組みやルールが導入される。
お互いが相手を監視するこんな経営は、精神衛生上よくありません。
監視される背景には、欧米型の「性悪説」があります。
サイバーテロや情報漏えい対策には莫大なコストがかかり、
防犯システムや安全警備の市場が成長しているのは皮肉なものです。
コンピュ―ターが管理する世の中で「性善説」はもう通用しないのか…。
バブル崩壊以降、外資系の企業がこぞって日本に上陸し、
経営者と株主、企業と取引先などの関係が、「性悪説」に変化。
まず一方が疑いをかけると、相手はその動きを察知して次の手を打つ。
それはお互いが相手を警戒し、戦闘態勢に入る、終わりのない戦争のようです。
報連相を禁止する性善説の経営
ところが、「性善説の経営」を貫いた人がいました。
岐阜県に本社を置く、未来工業(株)の創業者 山田昭男氏。
経常利益率の平均が10%以上の高収益な上場企業でありながら、
ノルマなし、残業なし、年間休日140日+有給という「楽園企業」です。
社員を信頼しているのでタイムカードはなし。
定年は70歳で、しかも定年まで給料は下げない。
800人の社員全員が正社員で、派遣やパートは雇わない。
女性社員が子供を産んだら、3年間の育児休暇が与えられます。
未来工業では「報連相」を禁じています。
現場のことは現場の社員が一番知っており、
上司にいちいち相談をし、報告する必要はない。
その代わりに「常に考える」を全社スローガンとし、
自分で考え、自分の判断で動ける社員を育てています。
なぜ、そこまで「性善説の経営」ができるのか?
自己中心的で、権利ばかりを主張する社員もいるでしょう。
中には悪質な裏切り行為をする社員が出てくるかも知れません。
それでもグッと我慢をして、性善説を貫いても大丈夫なのでしょうか。
社員の不正があると、人が信じられなくなって、
「あれほど信じていたのに…」と愚痴まで出ます。
そこで普通の経営者なら、”アメ”をぶら下げながら、
罰則規定などを導入し、悪を封じる”ムチ”を打つでしょう。
こんな経営は、悪に対し、悪で対抗する「仕返し」にすぎません。
「経営者は何も悪いことはしていない…」と思いながら、
経営者自身が、「悪」なる対策を打とうとしている。
これが、悪で悪に向かう「性悪説」の経営です。
人は誰もが自分は「善」で、相手が「悪」だと考えがちですが、
じつは、誰にでも「善」と「悪」の両方の人格が具わっているという。
善根が もう一つの人格を磨く
経営者の間で、昔から語られてきた言葉があります。
~ 経営者として大成する人間は、悪いことができて、悪いことをしない人間である ~
これは、自分の中に「悪人」と呼ぶべき人格がありながら、
その悪人を制御する、「もう一つの人格」があることを語っています。
田坂広志氏が新著でこのように語っています。
「悪いことができる人格」を自分の中に抱くからこそ、部下や社員が悪いことに走る心境を察知し、
彼らが「悪」に手を染めることを未然に止めることができる。
また取引先や競合企業が悪いことを犯す可能性を考慮し、適切な予防対策の手を打つことができる。
大切なことは、自身の中にある「鬼」や「悪」と呼ぶべき部分から目を背けることなく、その存在を認めつつ、
それらの人格を御していくことのできる、もう一つの人格を育てていくことである」
(『人間を磨く』田坂広志 光文社新書より )
悪業をはたらく人間も、善行を続ける人間にも、
「善」と「悪」の両方の人格を持ちあわせています。
ならば「悪」をはたらいた人を憎み、非難するのではなく、
自分の中の「悪」を制御する、もう一つの人格を育てていく…。
では、「もう一つの人格」を育てるとはどういうことか?
禅の世界を紹介した展示会で、一休禅師の豪快な書に出遭いました。
~ 諸悪莫作(しょあくまくさ) 衆善奉行(しゅぜんぶぎょう) ~
悪いことをするな 善いことを実行せよ!
書かれてある内容はいたって平凡です。
しかし、簡単なことほど実行するのが難しい。
これは仏教根本の教えで、三歳の子供でも知っているが、
実際は八十歳の老人であっても実行は難しいことである、という。
「善根」という言葉があります。
あらゆる善を生み出す根本となるもので、
むさぼらない、いからない、おろかでない心をいう。
この心根が不浄な善行は、真の功徳にはなり得ません。
これが簡単なようで、実行は難しいと言われる所以です。
「悪」は口から「善」は根っこから
球界を代表するような有名選手が覚せい剤に溺れ、
頭脳明晰なはずの都知事が、平気で公私混同をしてしまう。
本人は「二度としません」と口にするが、どこまで信用されるか…。
ならば、悪業を繰り返さないためにも、善行を重ねることが大切でしょう。
ウソをつく、悪口や愚痴を言うことも、口から出る悪業になります。
一方で、お年寄りに席をゆずる、ゴミを拾う、にっこり笑う、
といった、誰にもできるような当たり前のことが善行で、
それは善根の積み重ねの上に成り立っているのです。
山田氏にとって「性善説」か「性悪説」かは、どうでもよかった。
信じるか、裏切られたらどうするか、も気にしていません。
ただ、社員が嫌がること、喜ばないことは実行せず、
“善いと信じることを実行した”にすぎないのです。
クーラーのなかった時代、夏の夜は蚊取り線香でした。
窓を開けっぱなしで寝ても、防犯のことは気にならなかった。
ところが今の日本では、毎日のように残忍な事件が発生しており、
信じていいことと、身を守ることの分別は弁えないといけません。
未来工業の門には鍵も守衛もなく、泥棒に狙われ易いが頓着しない。
そんな天邪鬼な経営を貫いた山田氏も、一昨年の7月に惜しまれて他界。
「餅がモチベーション」など、ヘタな”だじゃれ”を連発する人でしたが、
なぜかそんなところが好きで、氏の考えを次代に繋いでいきたいと思っています。
憲法改正の是非を問う選択が間近になりました。
日本の将来を担う子供たちのメッセージが聞こえます。
むさぼり、いかり、おろかな心が詰まった戦争をしないよう、
「善」なる一票を積んでくださいと、遠い未来から聞こえてきます。