バイマンスリーワーズBimonthly Words
弱者への配慮
「うちの商品を買わないで!」というのもおかしな話です。
生産能力が足りないので協力してください、という電力会社に、
健康を害するので我社の商品は控えてください、というタバコ会社。
独占とはいえ”強力な巨大企業”の後ずさりは日本全体への影響が大きい。
日本の人口は2004年12月をピークに減少を続け、
今の状態が続くと百年後には4000万人にまで減るという。
現在の日本経済はデフレというより、国家が縮小している現象です。
それでも多くの国民は、これまで以上の経済成長を期待していました。
しかし、3.11以降は被災された方をはじめ、多くの人の人生観がガラリと変わる。
原発廃止か、存続か…。経済成長の重要性を認めながらも、
幸福観は、命の尊厳、家族の健康、人との絆、に移っている気がします。
そんな国民感情をよそに値下げ合戦でクタクタになっている、牛丼・居酒屋チェーン。
大手家電量販店も、相変わらず熾烈な価格競争を繰り広げています。
強い者同士が戦って、さあ、どちらがどうなるのか…。
安いのは結構だが、本当にお客様の役に立っているのか?
私達の経営環境は大きく反転しました。
昼に灯したローソクに、価値はほとんどないけれど、
夜になったら存在感が、一挙に増していくように、
長い間、脚光を浴びなかったことが今、見直されています。
経営環境が反転すれば、成功要因も逆転する
静岡県磐田市に日本一”蚊帳”を売る店「有限会社 菊屋」があります。
父の寝具店を継いだ三島社長は、97年からインターネット販売に力を注ぐ。
だが簡単には売れない日が続いていたある日、運命を変える相談メールが届きます。
「蚊帳は売っていますか? 子供がいて殺虫剤は使いたくないので…」
さっそく仕入れて届けると大変喜ばれ、蚊帳に自社存続の道を見出します。
その後、洗濯できる蚊帳、ベッド用やムカデ対策用の蚊帳を開発し、
「健康で快適な眠りを提供する」を理念に、蚊帳の博物館まで設立しました。
かつて蚊帳は、全家庭に備えてあった一大産業でした。
その後、網戸やクーラーの普及で存在価値を失い、弱者になったが、
近年になり改良を加えた蚊帳が健康的な眠りのツールとして見直されたのです。
このような日本古来の文化が、一工夫で復活した例として、
カラフルなステテコ、おしゃれな柄の風呂敷や手ぬぐいがあります。
パナソニック系列の家電販売店では、御用聞き型のセールスが見直され、
「お客の面倒をみよ、売らなくていい」という店舗が高収益で成長しています。
商売に多くのムダがはびこっていた時代では、
「能率」「マニュアル」「標準化」が成功のカギでした。
ところが多くの企業がこの”三種の神器”で効率化を進めた結果、
個性のない店が蔓延し、どの店も大差なく、消費者離れを起こしました。
生産性の向上だけでは儲からなくなっています。
非効率であってもマニュアルを捨て、遠回りをしてでも、
お客様の真のニーズに応えることで新たな価値が生まれてくる。
これまで隠れていた弱者たちが、これからの経済成長を担っています。
強く見える経営者ほど、失敗を恐れる
近江商人、塚本喜左衛門家に『長者三代鑑』という掛け軸が残っています。
創業者が苦労して築いた富にあぐらをかいて、
二代目が本業をおろそかにして茶の湯に興じたために、
三代目は犬に追われる身分となった、という話が描かれている。
この教え、一般的には二代目が悪いとされているが、そうは言い切れない。
二代目が真剣に本業に打ち込んでも、失敗することがある。
財産の守りに入ると、判断がガチガチになって成長が止まる。
ならばそんな二代目を選び育てたのは誰か? という問題にもなります。
創業者が『長者三代鑑』と同じ人生、つまり一人で三代分の経験をする人もいます。
昔とは違って、わずか数年で巨万の富を手にすることができる現代社会。
さまざまな誘惑にかられ、少しずつだが贅沢な生活にのめりこむ。
その結果、道半ばで凋落していった経営者は数え切れない。
強く見える経営者ほど、失敗する自分を恐れています。
財産も信用もない状態から始めた事業だったが、
途中、何度も誘惑に負けそうになった自分がいた。
こころが折れてしまいそうになったひ弱な自分もいた。
真の強者は、本当は自分が”弱者”であることを知っています。
『長者三代鑑』の三代目は、創業者の恐れを表現した姿かも知れません。
いつも心の奥に、落ちぶれた自分の姿を忍ばせて、
“初心忘るべからず”と弛みかけた精神にムチを打つ。
弱い自分を思い出し、経営者の敵”驕り”の心を抑えるのです。
真の強者は、弱者に弱い
良寛和尚が、こんな俗謡を扇に書いています。
誰が来たやら 垣根のもとに 鳴いた松虫 音(ね)をとめた
誰か客人が来たらしく、さっきまで鳴いていた松虫が静まったぞ、という話です。
客人が来て松虫が鳴き出したのではなく、音を止めたという感性がみごと。
客人を迎える心と同時に、松虫の存在にも心が配られていたのです。
買ってくれるお客様のことを第一に考えることは当たり前。
加えてその背景にある社会や環境にも、心配りをするのが真の経営者。
蚊帳を求めてきたのはお母さんだが、そこには純粋無垢な赤ちゃんがいた。
売り込まず、何でもやってくれる電気屋さんを信頼するのは一人暮らしのお年寄り。
武士道精神を簡単にいえば「弱い者いじめをしない」こと。
武士は勝たねばならなかった。だから、お侍さんは強かった。
でも、お年寄りや子供など、弱い人にはすこぶる親切で優しかった。
経済が主体である現代社会の武士といえば、企業のリーダーです。
リーダーは武士のように企業間競争に打ち勝つ力を磨かねばなりません。
しかし、弱者への配慮ができないリーダーは、いずれその地位を失うでしょう。
日本は、本当のところは”脱アメリカ”で苦しんでいます。
原発をはじめ、憲法までもがGHQによる政策の一環であり、
能率、マニュアル、標準化という考え方もアメリカから学んだもの。
その強かったアメリカが、経済的に最も厳しい状況に置かれています。
さあ、世界はどうなっていくのか…、他人事だと思っていると痛い目に遭う。
先人の言葉が甦ってきました。
「子供叱るな 来た道じゃ 年寄り笑うな 行く道じゃ」
いろんな解釈のできるこの言葉、自分にとっての意味も深い。
私は弱者への配慮ができているか、弱い自分を忘れていないだろうか…。
私達は何のために、この世に生まれてきたのか?
経営の道を歩む一人の人間として、力の限りに生きていきたい。