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バイマンスリーワーズBimonthly Words

経営は芸術である

2008年05月

赤いペーパークリップ1個から物々交換を始めた男性が、一年でマイホームを手に入れたという
“現代版わらしべ長者”がアメリカにいます。
クリップは魚の形のペン、ドアノブ、ストーブ、旅行、車、レコーディング契約、映画に出演できる権利などを経て、
最後にカナダの家にたどり着く。
夢物語だと思っていた日本の”わらしべ長者”は、ネットによって実現されました。

“わらしべ長者”には元手がなくても成功できるんだ、という夢があります。
ビジネスの世界でも、真面目に努力を続ける覚悟はしていても、わらしべ長者のような夢を抱いている経営者も少なくないでしょう。

でも、運を味方にして夢を実現する経営者はほんのわずか。
それは申告企業の70%が赤字であることからもわかります。
経営者の多くは、新商品の開発、新しい事業など語り尽くせない挑戦をしています。
ときには、中国のギョーザ問題、耐震強度の偽装問題といった騒動に巻き込まれて悪戦苦闘。
また、予想外の大型倒産の余波や、急激な原材料高騰によって存続の危機に陥ることもあります。
経営者は問題解決に追われて、成果どころか、浮上すらかなわない苦しい経営人生になります。

スポーツや芸能、芸術の世界もしかり。 その道のプロになっても、自力で生計を立てなおも後世に名を残す人は
ほんのわずか。
夢を抱いて成功を目指すも、ほとんどの人が途中で断念せざるをえないのです。

偉大なる不遇の画家 田中一村

たった一人、誰に認められることもなく南国の島でこの世を去った天才的な日本画家がいました。
「私の絵が何と批評されても私は満足なんです。それは、見せるために描いたのではなく、
私の良心を納得させるためにやったのですから。」
その人の名は「田中一村」。

1908年、栃木県に生まれた一村は20歳までに「全国美術家名鑑」に載るほどの実力の持ち主。
23歳で”本道と信ずる絵”に向かうが支持者は一人もなく、
院展や日展でも落選を繰り返し、窮乏生活に陥ってしまう。
板金工で生計を立てながら花鳥画や仏画などを描くが、
中央画壇に認められない日々が続く。

47歳で四国・九州・南国の島々への旅に出かけた一村は、
南国の自然に魅了され、50歳の時に奄美大島に渡ることを決意。
奄美では大島紬の染色工をして亜熱帯の植物や野鳥を全身全霊で描く。
が、経済は困窮をきわめ、健康面の不調も重なって制作は進まなかった。
そして昭和52年、晩年を過ごした奄美のあばら屋で一村は69歳の孤独な死を迎えるのです。

一村の生き様は、不運な中小企業の経営者に通じるものがあります。
卓越した技術力、斬新なアイデアを持ちながら、時代の波に乗り切れずに人生を終える。
運命とはいえ、なんと儚い人生なのでしょうか…。

でも、ここからが一村の凄いところ。
一村の作品は奄美でひっそりと残されていましたが、偶然にNHKのディレクターに発見され、
この世を去った7年後に「NHK 日曜美術館」で大々的に紹介されるのです。
作品の秀逸さはもちろん、その人生に感動した人々から大反響を呼びました。
私もちょうどその頃に一村の存在を知りましたが、
“偉大にして不遇なる大画家”がこの世に蘇ったようで、
思わず合掌をしてしまう感覚になったことを覚えています。

中小企業の経営は芸術である

さまざまな企業の栄枯盛衰を目の当たりにし、
自身も会社経営の一翼を担うことになった私は、
経営の意味というものをより深く感じるようになりました。
そして、 “中小企業の経営は芸術である” という一点にたどり着いたのです。

まずひとつめの意味は、”経営と芸術は、制約された条件から知恵を生み出す作品である”。
水墨画は白い和紙に墨だけで描かねばならない。
全面を描かず、余白をも作品にするのが”水墨画”の妙味。
俳句は、たった17文字で季節と情景、作者の心情を表現するみごとな技。
中小企業の経営も、限られた人材、乏しい設備、少ない資金の制約があるからこそ、
この世のあらゆる存在を味方にして活動する、という知恵がはたらくのです。

2番めは”経営と芸術は、作り手が創造した世界に一つしかない個性である”ということ。
一村はこの点にこだわった。
誰にも認められず、何度も極限状態に追い込まれたが…、
描くことをあきらめなかった。

生活のために描くことを「外道」とし、妥協する自分を許さなかった。
中小企業の経営も規模の勝負ではなく、個性を武器に競う時代になりました。
磨きをかけた商品力、考え抜かれたアイデアは世界にひとつしかない個性なのです。
その個性が世間に認められるまで、続けなければなりません。

人は喜ばれるとうれしい

3番めが、”経営と芸術は、作者と相手の感動によって創り上げる共同作品である”。
旅行作家の小林正観さんは人間には三つの本能が備わっているという。
「自己保存(生きること)と、種の保存(子孫を残す)の本能があるが、
人間しか持ち得ない最も価値ある三つ目の本能が、
“喜ばれると嬉しい”という本能です。人は喜ばれると嬉しい。」

もし一村が今の時代に生きていて、
“現代版わらしべ長者”のようにネットで作品を紹介したならば、
世界中の人から感動の喜びとなって返ってきたでしょう。
その喜びは、一村自身の喜びに変わり、創作活動に好ましい影響を与え、
健康面にもいい効果があったかも知れません。
もっと多くの作品が観たかった…。
そして、一日でも長く生きていて欲しかった。

芸術とは、提供者と味わう人が、感動を媒介にした共同作品。
近年は、鮮明な画像や動画が世界中の人に伝えることが可能になり、
中小企業でも、お客様が求める喜びや感動を世界に発信できるようになったのです。

最後の意味は、”芸術も経営も、完成を目指すが、完成されない特質を持つ”ということ。
芸術作品は、作者が”完成である”と思わない限り完成しない。
芸術家の心の中には「まだまだ…これではダメだ」という感情が、尽きることなく湧いてくるという。
経営では”成功だ”と思った一瞬から下り坂に向かうことを、修羅場を経験した経営者は知っている。
芸術も経営も、未完成であることが美しさの源であり、未完成だからこそ企業も人も成長するのです。

私達がスポーツ選手から教えられることは多い。
画家や音楽家から学ぶこともいっぱいある。
その人達が説く、共通のメッセージがある。

それは、
  「あきらめないこと」

会社が、整理、統合、縮小という残念な結果になり、
姿・形が違うものになってしまっても 経営に携わることに変わりありません。

芸術に終わりなく、経営に終わりはないのです。
お客様への喜びの提供は、 まだ道半ばです。
決してあきらめず、いつまでも、いつまでも未完成のままでいいのです。

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