バイマンスリーワーズBimonthly Words
未来は今の積み重ね
ちょっと難しい話から入りますが、私たちの生活に直結する大切なことなので聞いてください。
我が国の財政はほぼ破綻状態にあります。国債などの長期債務は国と地方を合わせるとザッとですが700兆円もあります。これはお年寄りから赤ちゃんまでの国民一人当たり560万円の借金を背負っていることになります。それに対し、国と地方の税収はおよそ70兆円しかありません。税収の10倍もの長期債務があるというのは、企業が年商の10倍もの借金をしているのと同じです。
政府はこれをどうやって返済するのでしょうか? 10年前は税収の3.5倍程度だったのに、あれよ、あれよと雪ダルマ式に膨らんだ巨額の借金。景気が良くなって税収が増えても返済できる借金でないことは誰の目にも明らかです。
さて、こんな最中、消費税の総額表示が4月から義務付けられます。流通業界では多大の手間と費用のかかる頭の痛い問題です。さあ、消費税を内側に伏せて総額表示価格にする政府の狙いはどこにあるのでしょう。「消費者が分かりやすいように」というのが導入理由ですが、はたして本当でしょうか?
それはガソリン税を例に考えると見えてきます。現在のガソリン価格は1リットルで100円弱ですが、そのうちガソリン税はなんと53.8円。そして、原価など業者の取り分を加えた合計額に5%の消費税が上乗せされているのです。50%以上が税金で、なおかつ二重課税が平然と行われているわけです。
問題はまだあります。本来のガソリン税は28円であることをどれだけの人が認識しているでしょうか。実はオイルショックの際に、政府は2年間だけ租税特別措置法(特措法)でガソリン税に上乗せする形で増税しました。が、その後も原油価格の上昇に便乗して増税を続け、結局30年間にわたって特措法を延長し、現在の53.8円に据え置かれているのです。
間接税は消費者が認識しないうちに税を徴収する絶好のシステムです。それはガソリン税で実験済みです。消費税の総額表示問題とは近い将来に欧米の18%程度まで税率を上げるための消費者に対するカムフラージュであり、財政を立て直す政府側の第一弾の身支度であることがわかります。
インフレ誘導はいつか?
消費税率をあげる程度で700兆円もの借金は返せません。ではどうするか?
そこで第二弾として用意されているのがインフレ誘導だと思われます。インフレになると物価が上昇し、資産価値が上がって過去の借金は軽くなっていきます。我々がここ10年以上味わってきたデフレと反対の現象です。
これからの日本経済は、物価の上昇に便乗しながら欧米並みにまで消費税率を上げることで(ガソリン税のように)大幅な税収増を図りながら、インフレによって借金の負担を軽減する方向に向かうのではないかと考えられます。
今の財政危機を乗り切るこのような青写真は政府の裏側ですでに出来上がっていることでしょうが、こんな大掛かりなことは日本単独ではやらせてもらえません。実質的にアメリカの支配下にある日本では、アメリカの事情によって実施時期が決まるでしょう。今年11月には大統領選挙、同じころ日本国内では新札が発行されますので、秋までは大きな変化は起こりにくいでしょう。でも、それ以降はいつ起こってもおかしくありません。
さあ、インフレ誘導はいつなのでしょうか?
残念ながら…私にはわかりません。
バブルの頃を思い出していただきたい。インフレ経済の当時、これといった理由もないのになぜか公定歩合が引き下げられました。そのことで大口預金を持った人や企業が、いや預金がなくても借金をしてまで株や不動産に資金をつぎ込みました。何かおかしいというムードも漂っていましたが、誰も流れを止めることはできませんでした。
あの時、悲惨な結果が待ち受けていることをどれだけの人が予測したでしょうか。極めて優秀な人材を溢れるほど抱える金融機関、証券会社、一部上場企業でも先のことが予測できず、正しい判断ができなかったのです。万物の霊長といわれる人間ながら、欲にとりつかれるといかに非力なものか…。
実は人間の能力で未来を予測することは不可能なのです。
未来についてハッキリしていることは、未来とは不確かであるということです。誰よりも先に情報を入手し、高度な技術で分析すれば予測確率は上がりますが、それでもはずれることはあります。
ですから私たちが予測するようにならないのが未来なのです。
将来の不安の正体は何か?
ところが厳しい現実があります。
私たち企業経営者は未来の予測はできないのに、未来に向かって進まなければなりません。社員とその家族の生活を一身に背負う経営者は、いわば、霧がかかって先の見えない大海にあっても、経営の舵を右へ左へと取り続けなければならないのです。
こんな危なっかしいことをやっていて許されるのでしょうか。
私たちは、今夜は何を食べるか、テレビは何を観るか、といつも何らかの判断をして生きています。食べ物商売なら雨が降ることを予測して仕込みをセーブし、晴れならば逆に、といった具合に先を予測し、何とかして危険を避けて、右か左か、やるか止めるか、と最適な判断をする努力をしています。
残念ながらそれでも人は失敗をしてしまうのです。
たとえば、このままいくと“こうなるはずだ”“相手も分かってくれているだろう”というこちらの勝手な「思い込み」で失敗することがあります。これは情報もとらずに自分勝手な想定から行動することで起こります。新入社員が失敗するのはたいてい勝手な思い込みから起こりますが、これは許される範囲。しかし経営者が「思い込み」で失敗すると会社の存続問題になります。昔から「ハズははずれる、ツモリはつもらず」と教えられましたが、言い当てた言葉です。
逆に「予測のやり過ぎ」による失敗もあります。
私たちは先のことを見ようと様々な方面から情報をとり、知っていそうな人に相談します。これでスカッと判断ができるといいのですが、調べれば調べるほど、逆に判断ができなくなることもあります。
これはいったいどういうことでしょうか。
人は先が見えてくると様々なことを想定します。その想定は最善の状態、最悪の状態、周りの評判などが走馬灯のように頭の中を駆け巡り、かえって不安が拡がってしまうのです。
もともと人間の能力で未来を予測することは不可能なのですから、先が見えないことは問題ではありません。それよりも、先が見えないことからくる「経営者の不安」の方が問題なのです。
さあ、先が見えないことからくる不安の正体とはいったい何なのでしょうか?
最近ブームになっている「原因と結果の法則」の原作本「AS A MAN THINKETH」の著者ジェームス・アレンは次のように語っています。
「あなたがいま、何かを恐れていようといまいと、愚かであっても賢くても、イライラしていようと穏やかであろうと、あなたがいま手にしている感情の原因は、あなたの外側にではなく、内側に横たわっているのです。」
不安の正体は自分の外側にあるのではなく、本人のこころの内側にあるとアレンは言い切っています。
外側の未来と自分の未来
あなたの心の外側にあるもの、たとえば経営環境(競合の進出、金融情勢、景気動向など)や周りの人々の評判は、これからどのようになっていくか全く予想がつきません。インフレになると金利は大幅に上がり、世の中が大混乱におちいる可能性もあります。極端ですが、スーパーのレジでバッグ一杯にお札を詰め込んだ主婦が行列を作るようなことにもなりかねません。でも、このような心の外側のことに心を痛め、不安を感じていても何の解決にもならないのです。
それよりも、あなたの心の内側を健全な状態にすることが大切なのではないでしょうか。
私は、眼の見えない方が道路であれ、駅の構内であれ、迷うことなく杖一本で歩いておられる姿を見ると感服します。周りが見えないということだけでも不安と恐怖でいっぱいになりそうなのに、どうしてあんなに堂々と歩けるのでしょう。
何歩か先に何が待ち受けているかわかりません。が、そんな不安な心でいたら一歩も前に進めないでしょう。おそらく、よく分からない先のことを考えるよりも、今向かっている道のりの一歩先はどうなのか、そこに全精力を集中して歩いておられるのではないでしょうか。
こう考えると、将来の不安がなぜ心の中に表れてくるのか分かってきます。
そうです、将来の不安とは、今を一所懸命に生きていないから起こるのです。
今、眼前に与えられている仕事に全精力を傾けておれば、不安な心が湧き起こる隙もないはずです。
「今」という瞬間は「過去」の積み重ねの上に成り立っています。ならば「未来」は「今」の積み重ねの上にしかならないわけです。
言い換えると「今」は「未来」のために存在するということになります。「今」の瞬間々々を精一杯に生きて最良の状態にし、それらを積み重ねることで「未来」ができ上がっていくのです。
リストラや上司の評価に怯えながら仕事をしている人がいますが、そんなことで力が入るでしょうか? 何かしら迷いながら、他のことばかりを考えて仕事をするなんて、なんと横着な! 今の仕事に嫌々取り組んでいる人も見かけます。ああ、こんな人達にどんな未来が開けていくでしょう … 。
繰り返します。未来には、あなたの外側の未来と、あなた自身の未来があります。外側の未来はどうなるか全く分かりません。でもあなた自身の未来はあなた自身が作っていくのです。