バイマンスリーワーズBimonthly Words
おごれる者 久しからず
市場直結ネットワーク型経済へ本格突入
「大胆な戦略をとれるソニーがうらやましい」
家電製品をインターネットで販売する「ソニースタイル・ドットコム」の開設を決めたソニーに対してその他の家電メーカーがこぼしています。新型のゲーム機による「プレイステーション・ドットコム」、コンビニとの提携による「セブンドリーム・ドットコム」、証券取引を行なう「マネックス証券」など、これからのソニーは市場に直結したネット販売を次々と展開していきます。
メーカーにとって難題であった購買追跡が完璧に近い状態で実現できる市場直結型のネット販売はこの上ない魅力です。誰が、いつ、どのようにして買ったのか詳細に把握できるわけで、欠陥商品のリコールなどはわけのないことです。また、買わない客であってもメーカーに何らかの形でアクセスすれば自動的に見込み客として管理されていきます。このようにして日本中の家庭や職場にある家具や電気製品、自動車といった商品は、誰が、いつ、どこで、いくらで買ったのか、詳細に管理されていくことでしょう。
こう考えるとインターネットによる限定販売で人気を呼んだペット型ロボットAIBO(アイボ)の販売はネット販売に対するソニーの実験であったことが分かります。25万円という高額品でどれだけの実売があるのか、それはどの程度のスピードで売れるのか、消費者と直結しているので買った客はもちろん、限定販売のため惜しくも買えなかった見込み客まで手に取るように掌握できたのです。
AIBO実験に成功したソニーは、これまで暖めてきた「中抜き戦略」に確信を得てスタートしたわけです。
ソニーの市場直結型戦略はその他の家電メーカーにも波及します。家電業界だけでなく、あらゆる業界にも伝播するでしょう。アパレルの業界ではユニクロやGAPなどSPAと呼ばれる製造直販型の企業のみが成長しているといっても過言ではありません。
各メーカーの市場直結型戦略に情報化革命が拍車をかけます。インターネット接続など多彩な機能を持つゲーム機「プレイステーション2」は2日間で100万台を出荷、うち25万台はネットを通じて顧客へ直販しました。年間1200万台の出荷台数が予想されるほどの大ヒット商品で、これで大半の家庭に情報端末が配置されることになります。
モバイル型の情報端末としてインターネットが使えるiモード機能付きの携帯電話も急激に普及しており、NTTドコモは年内に1000万台を目標に展開しています。これで屋外からも簡単に買い物や各種サービスの予約ができる環境が整ったわけです。「現物も見ないで買い物する人が増えるのか?」とお考えの方もおられるでしょうが、残念ながらこんな感覚でしたら確実に取り残されてしまいます。
情報革命は購買スタイルを根本から変え、卸・小売りを飛ばす「中抜き戦略」が本格的に行なわれる、「メーカー主導の市場直結ネットワーク型経済」を実現するための原子爆弾だったのです。
メーカーの逆襲で小売業受難の時代へ
小売業の黄金時代は70年代のチェーンストア革命以降30年近くも続きました。大手量販店は強力な販売力を背景にPB商品(プライベートブランド)をメーカーに作らせるまでの存在になりました。メーカーは流通の主導権を小売業に奪われたのです。今から思うとPB戦略とは長年蓄積した技術を持つメーカーにとって屈辱の選択であったわけです。
ところが今年になって流通の力関係が逆転する現象がはっきり出てきました。
事実上、「中抜き戦略」であるソニーによる家電のネット販売の表明であり、それを受けて大手家電量販店コジマの株価が一挙に150円も下げています。
私は長年、卸売業態は確実に消え去ると申し上げてきました。これは今も変わりありませんが、旧態依然の小売業態も残念ながら市場から消え去ることになるでしょう。
その兆候は量販店のバイヤーの姿勢に表われていました。長い間、メーカーや卸売業者がバイヤーに対して平身低頭の姿勢で接して来たために彼らの姿勢は待ち受け型になり、研究心の乏しい社員になってしまいました。小売りのバイヤーがこのような姿勢になった原因は何も彼らの内側にあったのではありません。結局、小売業界全体がそのような環境に浸っていたからなのです。
小売形態の代表格であった百貨店は多様な消費者ニーズに対応できなくなり、今ではメーカーから派遣された店員に販売業務を頼らざるを得ません。ですから百貨店は「売り場提供業」になってしまっています。近年の呉服小売店の大半は消費者にきちんと商品説明ができる社員がいなくなり、メーカーの派遣するプロの販売員に完全にたよっています。ですから呉服小売店は「顧客リスト提供業」の役割にしか過ぎないのです。
企画開発型メーカー以外はすべてサービス業として再編成される
自動車やパソコンといった耐久消費財や高額商品は今後、市場直結型のメーカー直販システムに移行するでしょう。その際のメーカーの形態は大きく二つに分かれます。
一つは企画開発を専門に行ない市場の求める新しい商品を次々と開発する「企画開発型メーカー」。いわば新商品開発に専念する業態で、部品メーカーなどはこれに当たります。もう一つは新商品開発に加えてエンドユーザーを隅々まで管理することのできる「市場管理型メーカー」です。ユニクロやソニー、NTTといった市場をリードする企業になります。
小売業者はこれまでのように仕入をして、マージンを乗せて販売するというスタイルでは存続が難しくなるでしょう。商品を販売するのはあくまでメーカーであり、小売業者はアフターサービスを代行する会社として、また商品購入時の取り扱い説明をするビフォアサービス代行会社という考え方で運営せざるを得ないでしょう。
卸売業者の大半は倒産・廃業。そのうち企画開発力のある卸売業者はメーカーに変身し、倉庫を持ち、配達や荷分け業務に強い卸売業者は物流サービス代行会社に変身できます。
企画開発力のない製造業は、メーカーではなく生産・加工の技術代行サービス業として生まれ変わることになります。
このようにして企画開発力をもつメーカー以外はすべてサービス業として再編成されることになるでしょう。これまでは製造業者と販売業者が力を合わせた「製販同盟」で市場を開拓するスタイルでしたが、メーカーとサービス業が力を合わせた「メーカー・サービス同盟」で消費者にアプローチする時代になったのです。
最大の敵は奢りなり
日本の高度成長時代の主役は製造業でした。当時の若い人はこぞって製造業に就職したものです。そして70年代のチェーンストア革命で流通の主導権を小売業が握り、多くの人々は製造業を嫌って小売業、サービス業に職を求めました。製造業不遇の時代が続いたのです。
ところが勢いがピークとなった90年以降の小売業は苦戦の連続でした。ここ10年間で日本の小売店舗面積は1.5倍に膨張した一方で、売上高は1.2倍にしか増えていません。今、その反動が長崎屋の倒産、そごうの店舗閉鎖という形になって表われているのです。
小売業の場合、通常の敵は同業者ですが、近年は異業種からの参入や外資系企業の進出が見逃せません。今秋には欧米を中心に展開しているフランスのスーパー「カルフール」の日本上陸が決まっています。そこへソニーのネット販売のように今まで仕入先であったメーカーと販売競争するという事態になっているのです。
一昔前までは銀行業界でその敵は国内の同業者だけでした。ところが外資系の金融機関に加えて異業種企業からの参入と敵だらけの中で経営の舵取りを余儀なくされているのが今の銀行です。生き残りのために再編成が繰り返され、ほんの2年前には一人勝ちといわれた東京三菱銀行が今は苦境に立たされています。たった2年で天国から地獄へ落ちたといった感があります。
このような熾烈な競争は建設業や運送業そしてサービス業などあらゆる業種で起こっています。
私たちは規制という保護の中で敵からの攻撃を逃れていたわけで、規制が解かれた自由競争社会とは自由に活動できる反面、思いもよらなかった敵がいろんな所から攻めてくることでもあったのです。
忘れてならない、最も恐るべき敵がもう一つあります。
平家物語の巻第一には、すべてが移りゆく世の無常について次のように表わしてあります。
祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。
沙羅双樹の花の色、盛者必衰のことはりをあらわす。
おごれる者 久しからず、只春の夜の夢のごとし。
人間は少しでも安定すると、気の弛みから脇が甘くなり、敵に付け込む隙を与えてしまいます。とくに組織のリーダーは一時の成功に満足し、自分に力がついたような錯覚をしがちです。人間は気持ちの中に奢りが芽生えたときから、成長が止まり、下降線をたどります。あの巨大企業キリンビールがアサヒビールにシェアを奪われた根本原因はキリン経営陣の奢りにあったといわれています。ソニーでもリーダーの心に奢りが生まれたときから衰退していくでしょう。大半の企業が負け組として苦しんでいる一方で、着実に成長路線を進んでいる企業も増えてきました。ところが、この勝ち組企業もちょっと気を弛めると一挙に負け組になる危険をはらんでいるのが今の経営環境です。
どんな敵が攻めてきても、充分なこころの準備があれば対抗できます。
最大の敵は自分のこころに内在する奢りであることを忘れてはなりません。