バイマンスリーワーズBimonthly Words
感動を売ろう
ジャイアンツと西武の追い上げで大いに盛り上がった今年のプロ野球でしたが、このお便りが着いたころには優勝チームが決まっているでしょう。一方で、このまま突き進んで優勝か? と、春先には大きな期待が寄せられた今年の阪神タイガース。やはりというか、指定席のBクラスに落ち着いてしまいました。万年最下位のようなチームに天下の名監督が来たからといってすぐに優勝できるほど勝負の世界は甘くありませんでした。しかし、この方が良かったのではないでしょうか。長年溜まったアカを一年かけてじっくり洗い落とし、3年目にAクラスへ上がれば大したものです。ですから、野村監督に味わいのある優勝をしてもらう意味でも監督就任一年目ではBクラスでいいのです。( と、でも思わなければ阪神ファンはやっていけない!)
私生活の面ではマスコミをにぎわしている野村監督ですが、名監督であることに違いはありません。ID野球、野村再生工場といった言葉を生んだ指導ぶりは球界全体が認めるところです。そんな野村監督が私達企業経営者にも興味深い示唆を与えています。それはプロ野球を経営的な観点から捉え、「お客さんが求めているものをプロ野球関係者は勘違いしてはならない」と言っていることです。それは勝負の世界ですから勝つことにあるように考えがちですが、それが違うのです。
「お客さんは勝つことを求めているのではなくて感動を求めている。勝つに越したことはないが、お客さんに感動を与えるようなプレーを提供することがプロ選手の本来の仕事である」
これが野村監督の見解です。なんと説得力に満ち溢れた、含蓄のある言葉でしょう。お客さんは感動を求めて球場にやって来るのであり、感動を求めてテレビに釘付けになるというのです。たしかに勝敗が見えて敗戦処理に走るゲームにはまったく魅力がありません。応援するチームの優勢、劣勢を問わず、勝利への意欲をもたない選手達の怠慢なプレーに観客は嫌気がさします。
なるほどそう言われてみると気づくことがあります。あの長嶋監督が選手としてのデビュー戦で四打席四三振をくらったことや、三振したときに吹っ飛ぶ特殊なヘルメットなどは一説によると、当時の長嶋選手が意図的に行なったパフォーマンスであったといわれています。勝利への執念があった一方で、勝ち負けに関係なくいつも観客に感動を与えることを意識していたのでしょうか。
プロスポーツの世界は観客のニーズを満たさなければ存在そのものがありません。ですから「勝負を競い合う事業」ではなくて、「感動を提供する事業」だと認識すべきなのでしょう。
すべての企業人がプロフェッショナル
私達、企業を経営する者はいつも売上げの拡大を求めています。売上げはお客様に与えた満足の結果にすぎないのですが、どうしても早く結果が欲しいのです。この現象は観客が感動を求めているのに目先の勝利を求めるプロ野球関係者と似ています。感動を与えるプレーが原因で勝敗は結果、顧客への満足が原因で売上げはその結果であるわけです。
私達はプロスポーツ選手や芸能人など有名で高い報酬を得る人だけがプロフェッショナルと思いがちですがこれは大きな間違いです。タクシーやトラックを運転する人、販売を専門とする人、物を作る人、人を管理する人、そして経営する人など、経済に携わる人々はすべてその道のプロであるはずです。ところが多くの経済人は「私はプロの専門家である」という自覚があまりにも希薄です。給料や報酬を少しでも多くもらうことばかりが先に立ち、本来の職務であるお客様への満足提供が疎かになっているのです。
これだけ厳しい経営環境が続くと、実力のない会社は真っ先に消え去ります。お客様にどれだけ満足を与えているかによって生死が決するわけです。
それでは顧客に対する満足を私達はどのように考えればいいのでしょうか。
企業は顧客に対し、自社の商品を提供することによって成り立ちます。私達の顧客は誰か?が決まったら、顧客の求める商品をすみやかに、正確に、そして心地よく提供することです。
ところが“坊主憎けりゃ袈裟まで憎い”というのはよく言ったもので、従業員の対応やサービスが悪かったら、提供する商品が素晴らしいものであっても顧客の購買意欲は一挙に失せてしまいます。
顧客は従業員の対応や付帯サービスから商品の善し悪しを判定していることが多いのです。どれほど美味しいコーヒーであっても、ウェートレスにはぶすっとした態度で給仕され、支払の際にも愛想が悪かったら誰だってその店のことを良く思いません。お客様は口にこそ出しませんが、従業員とのやり取りの中でその企業の本質を見抜き、こころの奥に焼き付けているのです。
顧客の立場からすれば人的なサービスは、良くてあたり前になっています。そして、顧客は悪い方で企業のサービスレベルを判定するものです。店員のAさんからどれほどいい対応をしてもらっても、Bさんの対応がまずかったらBさんの対応が強烈に印象に残るため、これがその企業の標準レベルのように感じてしまうのです。
顧客満足活動(CS)とは愛顧客を創造すること
おたふくソースは消費者からのクレームに対して必ずその日のうちにお家まで訪問して苦情を聞き、商品改良後には再度訪問してていねいに説明するといいます。ただのソースじゃないか、と思われるでしょうが、この顧客の声に対する社員の真摯な姿勢、品質に対する使命感のようなものが顧客から絶大な信頼を得て、安定したおたふくソースのファンができているといいます。
ランドロームジャパンという千葉県にある生鮮スーパーでは日本一の接客を売り物にして成功しています。笑顔とあいさつの徹底はもちろん、身重の主婦が重そうな荷物を持っていると従業員が手伝い、車のカギを紛失したお客さんの自宅まで合鍵を取りに送り迎えするほどのまごころサービスで固定客化に成功しています。
千葉県にある夷隅ゴルフクラブでは競争が激しい地域でありながら、安売りに走らず一億円の経常利益をあげています。この秘訣は一人ひとりの顧客データベースを作りフル活用している点にあります。キャディーさんが顧客の名前を覚えるのはもちろん、コースや食べ物の好みまで把握して対応するといいます。顧客にとってこの居心地の良さが固定化につながり高収益を生んでいるわけです。
西武百貨店の有楽町店長の富永佳乃氏は女性の立場から顧客の三度の満足というものをキチンとつかんで固定客作りに成功しています。三度の満足とは、まず店舗で商品を購入した時の満足、次に自宅で買った商品が自分の持っている他の服や靴とうまく合うかをチェックした時の満足、そして最後は買った商品を身につけて友人に会ったときに一言でも誉められれば、「あのお店で、あの販売員の薦めで買ってよかった!」と感じる満足。この三つの満足感を与えることができると固定客になるといいます。ですから、「似合わないけれども売ってしまえ!」というような目先の売上を追うようなことは有楽町西武では御法度だそうです。
京都に本社を置くMKタクシーでは長年かけてお客様への接客サービス向上に努め、今では地域のほとんどの人がそのサービス内容を評価し、予約による指名乗車率が大幅に増えています。こういう私も安くて安心できるMKタクシーを探して利用しているぐらいです。
これら実例の共通点はご縁のあったお客様に対してほんの小さなことでも心をこめて対応することでリピート化に成功し、私共がいう「愛顧客」をじっくりと時間をかけて作り上げていることです。
いかがでしょうか、このような顧客対応の実例を聞いていると、「顧客満足の重要性は分かるが、そんなことでほんとうに売上げが上がるのか?」と思いたくなるでしょう。また、顧客満足という活動がなんとなく青臭い、幼稚な感覚を抱く経営者もおられるでしょう。
「明日がない」の心境で感動を売ろう
「お客様の満足を追求せよ!」と多くの経営者が口にしますが、顧客満足を真剣に考えている人はごく一部分です。口で訴えるだけで社員は簡単に動いてくれませんし、何よりも面倒だからでしょう。ですから、トップ自身が具体的な経営政策を打ち出しませんし、当然、効果が出ませんから顧客満足活動(CS)に力が入らないのです。
顧客満足活動はまずトップが率先してより多くのお客様と対面し、その見本を示さなければなりません。そして、そこから得られた情報を元に経営レベルでの具体的政策に落とし込む必要があります。
MKタクシーのサービスの品質維持管理はみごとに徹底されています。出庫の際の厳しい車内清掃チェック、乗車しているお客様アンケートによるドライバーマナーの監査システム、などそれは良くできたものです。夷隅ゴルフクラブの顧客データベースは20年かけて作り上げてきましたが、その新しい情報への更新にかかる労力やコストも相当なものです。お客様一人ひとりの情報を管理し、活用していくことの重要性を心底信じ、トップを始め社員全員が粘り強く活動しているところには頭が下がります。
これらの企業の取り組みは半端ではありません。それらはお客様に直接接する従業員だけでなく、トップが本気になって取り組んでいるのです。従業員の心の奥底にまでピーンと響き渡るような顧客満足に対するトップの熱意がそこにあります。
サービスとは提供する側も受ける側も形のないものをやり取りするわけですから、それは心に残るものであって欲しいのです。マニュアル化された対応だけで心は感じられません。心の奥底から自然に出てきた言葉や態度にでないと伝わらないのです。「昔、○○さんにこう言われて勇気が湧いた」「あの時、○○さんに△△してもらって嬉しかった」という人との関わりを誰でも強烈に記憶しているものです。こころを動かされたのです。これが感動なのです。それがビジネスの世界ならばお客様は商品を買ったのですが、ほんとうは「心に残る感動」を買ったことになります。
逆にそのお店や会社でいやな思いをしたお客様はずっと心の奥底にそのイメージを残しています。これは結果としてマイナスの感動を買ったことになります。
お客様はあなたの会社にいる社員の出来栄えをプロとして評価し、判定しています。ですからプロが顧客と接する際の態度や行動には、どうしても顧客の心を動かすような感動が欲しいのです。「ああ、良かった!」「こころ配りがうれしかった」「あの対応はさすがと感じた」といったお客様の心に揺さぶりをかけ、心の奥底に残る感動がサービスの根本にあってもいいのではないでしょうか。