バイマンスリーワーズBimonthly Words
育てることは許すこと
最近よく耳にすることなのですが、社内での目にみえない圧力に苦しんでいる人がなんと多いのかと驚きを感じています。
特に中間管理職や後継経営者にかかってくる圧力は強力かつ複雑で、その精神的ストレスは深刻です。上からカチンとやられたり、ときにはジワーとやられたりで、圧力をかけている方からすればそんなつもりはないのでしょうが、やられている本人は、24時間365日、上からのストレスに悩まされ続けていると言っても過言ではありません。
制度の圧力
組織を運営する上で不可欠なもののひとつに「制度」があります。終身雇用制度や年功序列制度、目標管理制度、身近なものでは制度や、日報制度といったものです。これらの制度は従業員の側からすれば家の中にある壁であり、柱であり、なくてはならないものです。ところが、時には壁があることに窮屈さを感じたり、コミュニケーションを遮断するものになったりします。また、柱に頭をぶつけて怪我をすることもありますし、寝ていると壁に押しつぶされそうに感じることもあるでしょう。
制度は社員の心理や行動に最も強い圧力を与えます。ですから組織を引っ張るリーダーには社員を圧死させないような制度にする心配りが必要なのです。
実のところ、日本の企業に敷かれている制度は、権限を持ったリーダーが組織の管理・監督をし易くするために作ったものがほとんどです。
ところがここに大きな問題が潜んでいるのです。制度を作った人の“動機はいったい何なのか”をもう一度検討してみましょう。権力を持つ者があぐらをかくための土台になっていないでしょうか。年俸制を敷こうとしている会社は、社員の年俸を下げるためのものになっていないでしょうか。
制度というものは本来、社員の業務遂行レベルを上げて、企業体質を強化することを目的に導入されるべきものです。ところが、権力を持った者の立場や利益を保護するために敷かれた制度が横行しているのは残念でなりません。
言葉の圧力
近年、学校でのいじめが社会問題となっていますが、それと並行して母親の子供に対する叱り方にも教育関係者から警鐘が鳴らされています。
「靴はきちんとならべなさい」「もっとテレビから離れなさい」「何度言ったらわかるの?」と、細かいことをどこまでも追いつめる陰湿な叱り方になってしまっている母親が多いというのです。その結果、子供は自分の心のよりどころをなくし、外でストレスを発散しようとしていじめるのでないかと言われています。母親が家事に費やす時間が減る一方で、子供の数が減少しているために、親の監視の目は行き届きすぎるくらいになっています。だから、まじめに子育てしようとすればするほど、叱ることが際限なく見えてしまうのです。
母親が陰湿な叱り方になっていても、昔だったら、おじいさんやおばあさんが母親の叱りすぎにブレーキをかけてくれたでしょう。しかし、核家族化が進んだ今ではそれもほとんどありません。肝心の父親は仕事が忙しくて母子家庭状態(私自身も耳の痛い話であります・・・)、たまの休日はゴルフ、と家族との対話はどんどん減り、母親のストレスは溜まる一方という悪循環になっているというのです。
じつはこの問題と同じような事象が企業の中でも起こっているのです。
社員のレベルを上げ、業務の高度化を実現するために企業が行っているのがPDCA管理です。計画を立て(Plan)、実行し(Do)、チェックし(Check)、更なる実行(Action)をするというトレーニングを積むことによって社員は成長していくのです。
ところが、多くの中小企業ではPDCA管理が徹底されていません。計画の立て方すらトレーニングされていないために業務が円滑に進まないのです。
加えて中小企業のリーダーが行うチェックは実に甘いものです。そこに厳しさはありません。本来のチェックは、綿密に考えられた計画に対して行うものですが、計画も甘いためにチェックも甘くなるのでしょう。これでは社員のレベルアップは望めません。ですから企業のリーダーは部下に対して、もっともっと厳しく接し、プロのビジネスマンとしての自覚を促すような指導が必要なのです。
ところが、計画作りの指導はしていないのに結果だけを見て、「なぜ数字が上がらんのか」「何をやっとるのか」「何度言ったらわかるんだ」といったような細かい注意を並べ立てる指導者が中小企業では少なくありません。このような小うるさい言葉によるチェックは、される側にとって不快感以外は何も残りません。これでは部下の行動改善が進むはずもないし、まして当人の耐久力を超えた陰湿なチェックは相手を精神的に使い物にならない人間にしてしまいます。指導者の、“俺はこれだけ動いているのに貴様らは何をしとるのか!”という心境はわかるのですが、陰湿なチェックを続けていると育つ者も育たなくなってしまいます。これではストレスの溜まった教育ママと同じ現象になります。
読者の中で本来業務は暇なのに、忙しく振る舞っているだけの方がいたら要注意です。
漠然とした目標しか持たない企業のリーダーは、自分のやるべきことが見えてきません。だからそんな人はたいてい暇なのです。そこで、身近で自分の管理下にある部下のことが目についてきます。自分より下の者がやっていることはよく知っていますから、アラがいっぱい見えてくるのです。だから、なんだ、かんだと口出しをします。これでは管理ではなく“監視”です。監視は上の者にとっては格好のストレス解消になり、時間つぶしにもなって忙しく振る舞えるのです。一方、下の者は、精神的奴隷状態で“生ける屍”同然になってしまいます。
自分は何も動かないで、口先だけで部下のダメな点を指摘して圧力をかけるというリーダーもいます。当然、こんなことでは中小企業の運営はできません。社員を育てるどころか、部下の心はどんどん離れていくでしょう。
最悪の圧力者は、“口は出すが、金出さず”というタイプでしょう。こんなリーダーに限って「少ない費用で最大限の効果を出すのが優秀な人間じゃないか!」と、もっともらしい詭弁を使います。
計画に対するチェックは厳正にやらなければなりません。
しかし、そこにはさらっとしたムードも必要なのです。チェックで圧力をかけるけれども、それは心地よい程度であって、あと味のいいものであって欲しいのです。
体の上に掛ける布団は、多少重量感があった方が気持ちのいいものです。もちろんカラッと乾いていなくてはなりません。じめじめした布団は誰でも嫌なものです。
人を育てるには育ち易い環境をつくること、指導者が見本を示すこと、そして言葉による的確な指導であるといわれています。企業に置き換えれば、環境とは「制度」であり、指導者の見本とは「経営者の経営姿勢」と言えるでしょう。そして、経営者をはじめとするリーダーが言葉で日々の指導を行うのです。
人間の精神活動は「言葉」という優れた抽象能力を持つソフトウエアで満たされています。言葉の使い方次第で人の心の状態は良きにも悪しきにも変わるのです。だから言葉の持つ影響力を無視して、人の心の問題を語ることはできません。
言葉による圧力は相手にとって心地よい程度で留めておくのがいいでしょう。とどめを刺してしまってはいけません。ピッチャーが牽制球を投げるのはあくまで牽制であって、ランナーを刺すことではないのです。ランナーを刺すことに意識を奪われると、肝心のバッターとの勝負に集中できないからです。
それでは、目に余るほど問題点がある社員に対しても、高まる感情を抑えてカラッとした叱り方ができるのでしょうか。あなたから見れば、万策尽きてどうしようもないという状態までになっている部下に更生の道はあるのでしょうか。
あなたの心の中に、まだその社員に対する希望があるのであれば、彼のことを許しましょう。指摘したい問題点はいっぱいあるでしょう。でも、その問題点もすべて受け入れる懐を用意しましょう。彼を目にみえない圧力から開放してあげるのです。育てるために、ときには許すことも必要なのです。