バイマンスリーワーズBimonthly Words
「右に習え!」 の落とし穴
あらゆる業界で熾烈な価格競争が続いています。それは自動車、家電、パソコン、といった耐久消費財はもちろん、サービス産業、外食産業といった業界までがその渦中にあります。価格競争とは力のある者が残り、そうでない者が淘汰されていくという弱肉強食の論理が強くはたらく戦いでもあります。
このような、価格による市場への適応行為は総論としては好ましいものといえます。特に現在のようなデフレ環境では、できる限りのコストダウンと低価格化の推進は当然のこととして受け留めるべきでしょう。
ただ一つ気になることは、この低価格政策は経営者が真剣に考えて打ったことなのかという点です。周りがやっているからうちも遅れないようにという理由で実施したけれども、フタを開ければ利益率を低下させただけという企業も少なくないのです。収益性低下を補う政策が見当たらなければ低価格政策は断念しなければなりません。価格競争以外の政策を模索しなければならないのです。
たとえば、マクドナルドが一挙に低価格戦略に出てシェアを奪っている一方で、味にこだわるモスバーガーは低価格戦略をいっさい打ち出していません。それどころか味と品質で勝負するという姿勢をより強化しようとしているのです。このモスバーガーの戦略が正しいか否かは結果を待つしかありません。しかし、信念を貫こうとするその姿勢に対しては拍手を贈りたいものです。
日本の経営者はとかく“横並び”が好きなようです。周りがやっていることに遅れてはならない、業界の企業がみんなやっているからうちも・・・といった心境なのでしょうか。自分の会社に合わないようなことでも、皆がやっているならそれが正しいものとして実行に移しているのです。“横に並ぶ”ことを選択する前に“自分に一番合った政策は何か?”が先にあるべきではないでしょうか。
市場全体への影響力を持った大手企業の場合では、“横並び”を無視することは危険です。たとえばガリバー企業のキリンが、缶ビールへの傾注、多品種化、ラガーのリニューアルなどに遅れをとって一挙にシェアを落としたのも、業界の新しい流れに習わなかった結果といえるでしょう。逆に、松下電器では競合の横に並んで右に習うことが商品戦略の柱となっていました。大手企業では右に習うことも重要な戦略の一つなのです。
中小企業では横並びの「右に習え」に加えて、「上に習え」といった風潮も強いようです。大企業がやってきた人事政策や各種規定の真似をしてきたことがそれです。
結局、これまでの中小企業は経営上のさまざまな政策については「横」と「上」に習ってやってきたようです。ところが、まだら模様で停滞経済の現在では、横と上に習うようなやりかたではあまりにも危険であると言わざるを得ません。
今、中小企業も含めた日本中の企業はさまざまなシステムの変更を余儀なくされています。変わらなければやっていけない時なのです。しかし、そのシステムをどのように変えればよいのかについては、まだまだ手探り状態であるのが実態でしょう。だからといってまわりの企業がやっていることを真似て、これまでのような「右に習え!」「上に習え!」式のやり方ではいただけません。
海外移転の「右に習え!」にも注意
大企業の海外への生産拠点移転に追随するように海外進出を図る中小企業が増えています。東南アジアを中心にこの傾向はまだまだ続くでしょう。ところが、思いもよらない問題にぶつかり、失敗するケースが少なくありません。文化・習慣の違い、政治や法律の誤解によるトラブルがあとを絶たないのです。
中小企業が海外進出を企てるにはそれなりの明確な動機があるはずです。その動機が後ろ向きなものでないか、不純なものでないかもう一度自問自答してみましょう。国内の事業で一角を担えなかった企業が、むやみに海外進出を試みたところで成功できるはずもありません。親会社が行ってしまったからとか、安い人件費が魅力的だからといった程度の動機では、現地で問題が起こった時の解決に対する情熱が希薄になります。「右に習え!」で単純に海外に出て行くのではなく、長期的なビジョンと成功しなかった際の代替案を用意しておくことです。
人事配置方法の「右に習え」にも注意
一般的に日本の企業は「できる人」に対しては地位と権限と多くのチャンスを与えます。一方、「できない人」は窓際においたり関係会社に出向させるというように、できるだけ問題が起こらないような人事配置をします。優秀で出世意欲を持った人材が次から次へと入社してくる大手企業においてはこんなやり方が効果的でしょう。
このような大企業型の政策に中小企業が「右に習え」式で真似ができるでしょうか。優秀な人材がたくさんいるはずのない中小企業では、本当は真似がしたくてもできないというところではないでしょうか。ところが、中小企業経営者の多くは大手企業型人事配置の考え方を持ってしまっているのです。
じつは中小企業がこのような人事配置の考え方をすることはまったく不適切です。
よく考えてみましょう。企業は一人の力では運営できません。企業を構成する人々の力を結集させ、凡人に非凡なことをさせることが組織を預かる者にとっての最大のテーマであるはずです。
ならば、軌道に乗った事業に従事している一番優秀なトップの人材をおもいきってはずし、二番手、三番手の人材に任せてみましょう。任された人は重責を担当させてもらうことに強く動機づけされ、これまでにない働きをしてくれる可能性が一挙に広がります。一般の人の場合は、このようにして自分の力が発揮できる環境ができた時に、はじめて能力開発が進むのです。そして、これまでの優秀な人材は新しい事業、新しい業態の部門のトップにおき、その立ち上がりを担当させるのです。優秀な人材でも同じ部門、同じ仕事に長く就きすぎるとその仕事ぶりは優秀ではなくなるものです。
賃金制度改革の「右に習え!」にも注意
年俸制が大企業を中心にブームのように広がっています。これまでは大企業が敷いた年功序列型賃金体系に、中小企業も含めた日本中の企業が同じような賃金体系を踏襲してきました。ところが、近年になってその弊害が一挙に表面化しているのです。
この年俸制ブームに中小企業も「右に習え」方式で単純に大手企業に追随することはやめましょう。これまでの教訓をここで生かさなければなりません。
今、大企業が取り入れている年俸制とはあくまで人件費総額を減らすことを目的としています。また、この制度についてこれない高給の管理職者に退職を促すものでもあるのです。このことは社員のみんなが知っています。このような趣旨の年俸制が中小企業に導入できるでしょうか。あなたの会社で「年俸制を導入します!」と社長が発表しただけで管理職者は意欲をなくしてしまうかもしれません。
中小企業に必要な賃金制度とはもともと低かった賃金水準を大企業にも負けないほどの水準に高めることを目的としたものであるべきではないでしょうか。中小企業だから給与水準も低くて当然という発想はおかしなものです。
中小企業型の年俸制導入の留意点について考えてみましょう。
まず大切なことは年俸額の上限を設定しないことです。大企業の多くは上限付き年俸制であり、高収入を望む社員に対する動機づけが不充分です。年俸に上限があることはこのシステムに共鳴する社員の意欲と情熱に蓋をすることになります。
二番目はできる限り若い社員も年俸対象者にすることです。自分の実力を試すチャンスに飢えている若い社員もたくさんいるのです。
もっとも大切なことは経営課題の解決度合いを基準に年俸額を決定することです。管理職者に経営者意識を持ってもらうには、経営者が抱える経営課題をいつも強烈に認識してもらえるような基準にしておきましょう。
よって中小企業が年俸制を導入するなら、その名称は「年俸制」ではなく「経営課題解決型賃金」とするのが妥当です。
「右に習え」「上に習え」には多くの落とし穴があります。今一度、あなたの決断はあなたの会社の特性に沿っているか考え直してみてはいかがですか。