バイマンスリーワーズBimonthly Words
君子は和して同ぜず
ここにきて、取引先の信用不安に関する相談が増えてきました。常は営業の現場に顔を出さないトップの方からのものも多く、重要な取引先に関する相談であることが判ります。この年末、そして来春にはあらゆる業界で倒産・廃業が増えるでしょう。つらいことではありますが、これまで共にがんばってきた身近な同業者や取引先が脱落することもあるでしょう。私達経営者はどのような姿勢でこの事態に立ち向かえばいいのでしょうか。危ない会社の判定法などについての技術的な側面からの解説書は書店に数多く並んでいますので、ここでは取引先の信用不安に対する心構えについて考えてみましょう。
信用不安についてのご相談を受けたとき、まず私は「先方のトップにお会いになりましたか」と聞くようにしております。私共にご相談されるくらいですから、それ相当の取引量や取引期間があるはずです。ところが、「久しくお会いしていない」というのも少なくありません。不安になったのは取引上のデータ、部下からの報告、周りからのうわさによるものが多いようです。少額取引先ならばともかく、量・質ともに重要な取引先であるのに、そのトップと久しくあっていないというのはいただけません。まず先方の意思決定権をもったトップに会わなければ、不安はますます拡がり、こちらの意思決定まで鈍ってきます。限られた情報の中で考えられることはたかが知れています。憶測の範囲で正しい意思決定はできないのです。
「迷ったら、一番会いにくい人に会え」という言葉があります。良くないうわさのたっている企業のトップに会いに行くのはつらいことです。しかし、会わなければ自分の心の中にあるモヤモヤはいつまでも消えません。信用調査会社に調査を依頼しても、どうするかを決めるのは自分なのです。もし、先方のトップが会うことを渋るならば、その企業との縁は続かないと考えるべきでしょう。
先方のトップに会ったら、現状をどのようにとらえているか、何が最大の関心事か、今後どのようにしようと考えているかについて知ることです。その企業の本質に迫ることですから、簡単にわかることではありません。相手の様子を伺おうという態度に出たら心を閉ざしてしまいます。どんな人であれ、その人の心を開いてもらうには、こちらの心を開かなければなりません。心を開ける、つまり本音をぶつけるのです。今、私はあなたをどう見ているか、今の気持ちはどんなものかを相手に打ち明けなければなりません。そうすれば、相手も心を開いてくれるでしょう。そして、その後に相手の実態を知るように努めるのです。
先方の実態を知るには、いくつかの観点が要ります。バブル崩壊で、不動産・株などの高騰劇に乗っかり、真っ先に倒産・廃業の憂き目に遭った人々は、今はそれぞれの道を進んでおります。ですから問題は明確です。これらの人々は第一次バブル症候群の人なのです。それよりも問題は、戦後最大の不況に対して対応のできていない第二次バブル症候群の企業なのです。第二次バブル症候群の企業経営者は次のような症状に陥っています。
・未だ、心の底で景気の回復を待ち、何もしていない
・これまでの成功に溺れ、過去からの政策を全く変えようとしない
・計数観念に乏しく数値予測がたてられない
・再建の柱を自社の体質改善に置かず、銀行など他社に柱を置いている
・自社や自分のことだけに関心が向き、外部環境に目が向かない
信用不安を感じる相手の実態を知るには、このような症状が表れていないかをチェックする必要があります。このような観点から相手先企業を認識した上で、バランスシートなどのデータを見るべきなのです。データはすべて過去のものです。現在の体力は判定できても、今後の予測には限界があります。だから、そこでトップの感性が重要となってくるのです。
第二次バブル症候群のチェックをすれば、問題のある取引先が数多く浮上してくるかもしれません。今、不安に感じている取引先がまさにこの状態になっているかもしれません。ここで重要なことは、継続取引をするにせよ、徐々に撤退するにせよ、すべて要領よくかわそうという姑息な考えをもたないことです。どちらを選んでも痛みは残るのです。現在の日本で存在しようとする限り、多少の傷を負うことは当然として覚悟しなければ、逆に深い傷を負うことになりかねません。
企業は人脈で成り立っています。得意先、仕入先、その他諸々の取引先は、トップ経営者の人格から形成されたネットワークの中で存在しています。人脈が事業を規定するともいえます。ところが今、あちこちでそのネットワークの一部が崩れかかっているのです。それは経済社会だけではありません。政治の世界でも同じようなことが起こっています。したがって、どのような人、どのようなトップの会社と付き合っていくかがこれからの企業の盛衰を決定づけるとなっています。
論語に「君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず」とあります。優れた君子とは、協調性に富むがやたらと妥協はしない。小人(徳のないもの)は徒党は組むが、協調するまではいかないというのです。主体性をもつことの重要さを説いているものです。
私達中小企業経営者はこれまでとにかくネットワークの拡大を目指してやってきました。得意先や下請先など、「和」の拡大を目指したのです。残念ながら、そのすべての「和」に同じる訳にはいかなくなってきました。取引先が第二次バブル症候群にかかってしまっていたら、その症状はこちらにも伝染するのです。誤った政策のもとでネットワークが固まってしまうのです。逆に取引先からコストダウンや納期短縮などの厳しい要請があれば、これは正しい要請であると考えるべきです。つまりその厳しい要請をよしととらえる度量と、それに替わる堂々とした自社なりの政策が必要なのです。これが経営における「君子は和して同ぜず」の意味なのです。
もし、取引先より融通手形の依頼などがあれば、キッパリと断る勇気が必要です。この甘い罠は互いにその身を滅ぼすことになります。このような取引きは自分が助かるために相手を利用するのであって、永く協調していける相手ではありません。「小人は同じて和せず」とはこんなことを指します。
経済においても政治においても大転換の波が訪れており、私達にとってまさに試練の時となっています。こんな時こそ古人の言葉などに耳を傾け、冷静な判断ができるようにしたいものです。