バイマンスリーワーズBimonthly Words
秘すれば花なり
駆け込み需要の反動はいつまで続くのか…。
個人向けの自動車や住宅建築などの業界は落差が大きく、
このまま長引けば財務基盤の弱い中小業者は存続が危ぶまれる。
かといって焦って安売りに走ると、余計に資金繰りを悪化させます。
来年には10%に引き上げられるであろう消費税。
業界によっては増税のたびに過当競争が行われていく。
大手新聞社は人口減少と紙媒体離れが進んでいたところに、
増税で解約者が増え、業界内の勢力が変わるといわれています。
アベノミクスの成長戦略の一つに観光産業があります。
地元京都は円安傾向もあって外国人観光客でいっぱい。
ところが、不振が続く老舗の旅館やホテルも少なくありません。
そこで不振の温泉旅館やリゾート施設を同業者が買収し、
再生させるというビジネスモデルも注目されています。
富裕層を中心に高級旅館や総合リゾートを展開する「星野リゾート」。
反対に同一の格安料金で温泉旅館を運営するスタイルもあります。
いずれも既存の設備や自然環境などはうまく活用しながら、
新しい手法に切りかえるノウハウに成長企業の勢いを感じます。
様々な業界で中小企業の買収や再生が進んでいます。
これまでM&Aは大手の企業を中心とした戦略でした。
しかし欧米型の敵対的買収とは違い、収益性が悪化した企業を、
勢いのある同業者が支援する形態なら中小企業にも広がるでしょう。
業界のピンチは変革のチャンス
~ 時の流れには、男時(おどき)と女時(めどき)がある ~(『風姿花伝』 別紙口伝)
男時・女時とは室町時代に能を大成させた「世阿弥」の造語です。
勝負ごとにおいて、こちらに勢いがある時を「男時」といい、
向こうに勢いがある時を「女時」という。
男時が吉で、女時を凶とするような表現は今の時代なら問題ですが、
時の流れは人間の努力ではどうにもならない因果であるという。
どれほど悪い状態であっても、必ずいい状態がやってくる。
いい波が来るのを信じて待ちなさい、という意味です。
今、日本全体には男時の業界と、女時の業界があります。
その業界の中にも男時の企業と女時の企業がある。
上り調子の企業は今がチャンスと成長をめざし、
停滞企業はグッと我慢をしています。
世阿弥は今の流れに身を任せろとは言っていません。
流れが来た時のためにどうするか、常に準備をしておきなさいと言う。
女時とは、いずれやってくる好機に向けての準備の時であり、
準備をしているものがなければ、男時にはならないのです。
先例でいうと、温泉旅館の衰退に新たなチャンスを見出した経営者。
まさに業界のピンチを救った革新的リーダーといえるでしょう。
何とか成長させたいが、今は女時の真っ只中の経営者も多い。
ではいざという時のために、どのように準備をすればいいのか…。
嫌な自分は秘すればいい
掃除を続けて一部上場まで登り詰めたイエローハットの創業者、鍵山秀三郎さん。
事業の盛衰を何度も経験しましたが、ぶれない経営を続けた名経営者です。
「凡事徹底」を信条とし、人の心と社風を大切にする教育者ともいえる。
トイレ掃除を続ける鍵山さんの経営姿勢に共鳴した人たちが、
「掃除に学ぶ会」を各地で結成し、今では海外まで展開しています。
多くの人が鍵山さんを目標に掃除を始めましたが、そうは簡単に続きません。
社内に賛同者は出てこないし、なぜ自分だけがしんどい思いをするのか…。
鍵山さんは「続いたのは掃除の工夫をしたから」と言うが本当か?
掃除を続けることができた本当の理由は何なのか…。
~ 秘すれば花なり 秘せずは花なるべからず ~
「秘すれば花」は、女性の魅力や美しさの表現に使われることがありますが、
本来、能の世界ではそのような意味はありません。
世阿弥は女時に大切なことが「秘すれば花」だと言う。
世阿弥は『風姿花伝』別紙口伝の章でその意味を語っています。
「秘めておくからこそ花なのであり、見せてしまっては花ではない。
あらゆる芸能分野において、その家の秘伝というものがあるが、
それは秘密にすることで効用があるため、秘伝とされる。
それが明かしてしまえば大したことでなくても、秘して隠すことが花になる。」
(NHK 100分 de 名著 世阿弥『風姿花伝』 より)
芸能で勝負する人にとって「秘すれば花」は重要な戦術でした。
では私達、経営者にとっての「秘すれば花」はどんな意味があるのか…。
経営者は、芸能に携わる人以上に周りの人から注目されているかもしれません。
日々の言動によって、何を考えているのか、どんな判断をしようとしているのか、と。
じつは鍵山さんは掃除を続けていても、何度もやめたくなったという。
掃除で売上げが上がるわけでなく、周りの人は理解しないし、動かない。
普通の人なら周囲への不満や愚痴が溜まり、良くない感情が表情に表れます。
しかし、鍵山さんはそんな表情を一切見せず、いつも笑顔を絶やさなかったのです。
自分に厳しく 人にやさしく
隠しごとをするのは勧められたことではありません。
しかし、闘志を秘めて事業構想を練っている経営者の姿には魅力がある。
世阿弥は戦いにおいて秘することは当然であり、
秘事を持つらしいと人に感づかれることさえ、あってはならないという。
問題の原因を他人にすり替え、不満をいう人に人徳はない。
鍵山さんの心の中には、他者への不満や愚痴もあったでしょう。
しかし、他者に原因を求めると自分は努力をしないことを知っていた。
鍵山さんは自分の心の醜さを押し殺し、笑顔を貫いたのではないか…。
もう一つ、経営者が見せてはならないものがあります。
上り調子にいる人は、強い士気を抱きながら、
どうしても驕りの心が傲慢な態度となって表れる。
経営者の最大の敵である「驕り」にも秘する心で臨みたい。
心にあるものを秘して、笑顔を保つことは容易ではありません。
最後は自分との闘いになるでしょう。
鍵山さんは言う。
「自らに厳しい人ほど、人にやさしくなれる。
そして厳しいことをやってきた人ほど、小さな喜びを大きく感ずる。
自らに厳しく、人にやさしく」と。
人間は娑婆の生き物、花は浄土の生き物だといわれます。
野に咲く花は、厳しい自然と戦いながら、じっとその時を待っている。
文句も言わず一所懸命に、可憐な花を咲かせている。
自分に厳しく、人にやさしく…。
私たち経営者は花からも多くのことを学んでいます。