バイマンスリーワーズBimonthly Words
誰のために
経営戦略の見直しが急がれます。
政権交代の後、景気には明るいムードが漂っていますが、
20年もの長きに渡り、デフレ下で我慢の経営を続けた日本企業。
それは海底にいた潜水艦が、やっとの思いでガバ~ッと浮上するようなもの。
ところが大震災と原発事故を経験した日本では、以前のような経営では通用しない。
景気が良くなっても、あなたの会社に恩恵があるかどうかは分かりません。
様変わりした経営環境に沿った経営戦略の見直しが必要であり、
“誰のための事業か”を根本から考え直す時でもあります。
メーカーは、消費者・エンドユーザーのために事業をしています。
よって販売先の卸売・小売業者は大切なパートナーですが、顧客ではない。
だから営業力に乏しい中間業者には頼らず、消費者との関係をもっと強くする。
メーカーは商品作りだけでなく、消費者の中にファンを作ることが重要になっています。
部品メーカーや下請け企業は、元請け企業のために事業をしています。
下請けでも卓越した技術力があれば、高付加価値経営が可能になり、
日本一のレベルになれば、それは世界一ということもありうる。
まずは何で日本一になるかを探し出し、経営資源を集中すればいい。
卸売業・小売業は、メーカーと消費者のミドル・マン(中間業者)であり、
その実態は川上に存在するメーカーのための「販売代理業」でした。
今は川下の消費者のための、ニュー・ミドルマンなら存在価値は高い。
ネット販売のアマゾンは、消費者・ユーザーのための「購買支援業」に徹し、
メーカーにとっては耳の痛い情報も公開することで、消費者の支持を得ています。
市場の主体は、メーカーから消費者へ
主体者が川下に移っているのは、既にあらゆる業界で起こっています。
生保・損保の販売代理店は「お客様のリスク管理のサポート業」として、
大手の新聞販売店の役割は「地域のコミュニティ情報基地」に変わりました。
通信関連業界は、情報技術の発展によってエンドユーザーに情報主権が移っています。
人類は、農業革命、産業革命、そして情報革命と、3度の革命を経験しました。
一般に、革命とは抜本的な社会構造の変革を意味しますが、本質は違う。
革命とは、その世界における権力の主体者が移行することをいうのです。
消費者が主体となり、価格を決め、企業を使って商品開発ができるほど強くなった。
企業は自社の販売促進でなく、消費者の購買支援をしなければならない。
私たちは今、誰のために事業をしているか、
市場の主体者に沿った事業をしているか、を再度見直しましょう。
ここでもう一つ、経営者が忘れてはならない観点があります。
誰のために事業の経営をするのか、という外側の問題だけでなく、
誰のために組織の経営をするのか、という内側の問題です。
「企業経営者の使命は株主利益の最大化である。」
ノーベル経済学賞を受賞した米国の経済学者、ミルトン・フリードマンの言葉で、
経営者は株主のために経営をすればよく、社会貢献を考える必要はないという。
この思想が世界経済の常識になったといわれますが、何と傲慢な考え方でしょう。
ところが近年になって、株主主体の経営に限界が生じ、
会社は誰のものか、誰のための経営か、といった議論が行われました。
その一人が「日本でいちばん大切にしたい会社」の著者・法政大学大学院の坂本光司教授。
坂本教授は中小企業を専門に約7000社の研究を重ねた結果、
企業は、社員とその家族 を幸せにするために経営すべきだという。
組織の主体は、従業員から主業員へ
中小企業の現場ではこんなに意識レベルが低い社員なのか、と落胆することがある。
こんな社員のために経営しているのかと、情けない思いをする現実もある。
しかし、事業の主体者は、販売する人、モノづくりをする人達であり、
社員の意識はどうであれ、彼らの仕事の程度で業績が決まります。
輸出入の通関業務を主体に物流サービスを展開する松菱運輸株式会社。
社長の角髙憲治 氏は”全社員経営者”の方針で成果をあげています。
具体的には、命令に従って業務にあたる”従業員”という呼び名を一掃し、
一人ひとりが経営者意識をもち、自らが主体となる”主業員”としました。
また角髙社長は、自ら学んだ実践的な経営者教育を浸透させるため、
経営陣から課の責任者まで多大な時間と費用をかけ、教育投資を続けます。
10年で毎年3人ずつ経営者教育を受けた人は、もうすぐ全社員の2割になるが、
一人も離れることなく、今も各人が主体となって部門経営を続け、業績向上に貢献している
世の中は自立して生きていける「リーダー型の人」と、
誰かに頼らないと生きていけない「依存型の人」に分かれている。
2:6:2の法則に照らすと、自立できる人が2割で、できない人も2割いる。
そして中間の人が6割もいて、その人達はどちらかの影響を受けて行動しています。
大企業病とは組織の6割の人が、自分が主体になって動かずに、
「誰かがやるだろう」という、依存心に支配された人たちの病です。
角髙社長は、いかにして社員の依存心を取り除き、自立心を養うかという、
中小企業だからこそできる、本質的なテーマにメスをいれたのです。
社員の成長のために、利益が必要
世の中には仕事環境が整っているのに、できない理由を並べる社員がいます。
そんな人に「社員のために経営をする」と言えば、甘えを助長してしまう。
では、どのように説明すればいいのか?
社長になって何度も人の問題にぶつかった角髙社長は、
事業の根幹である通関士の資格に挑戦し、52歳でみごと合格。
すると社内には、トップの姿勢に言い訳のできないムードが一挙に高まり、
ほとんどの社員が資格試験にチャレンジし、自らの成長を目指すようになったという。
一般に、社員は経営者の言うことには耳を貸しません。
ところが経営者のやっていることをするものです。
自分に厳しい経営者の姿が、いつかは社員のためになる。
経営者は「社員のため」でなく「社員の成長のため」に経営しているのです。
角髙社長は元々高校教師で、先代社長に請われて経営の世界に入った。
なかなか利益が出せず苦労もされたが、社員が少しずつ成長し、
活き活きと仕事をする姿に、深い喜びを感じる日々があった。
それは冬ごもりをしていた動物たちが、ムクムクと這(は)い出るように、
教育者としてのDNAが、角髙社長の心の中に表れたのかも知れない。
社員が幸せになるには、社員本人が成長しなければなりません。
一方、会社に利益が出なければ、社員は幸せにはなれません。
そこで利益を出すために、人を育てようと努力をしますが、
成果が出ずに、人材育成を中断する企業がほとんどです。
ここで経営者の本心を問われる問題にぶつかりました。
あなたは利益を上げるために人を育てるのか?
いや、人を育てるために利益が必要だと考えるのか…
堂々巡りのようですが、この命題の回答が新たな成長の鍵を握るでしょう。
経営環境が様変わりし、それぞれの企業が新たなスタートを切ります。
一人ひとりの社員が自分で自分を鍛え上げ、
人間として成長しない限り、人も企業も成長しない。
冬の時代を乗り越えた経営者の意識にも新たな息吹を感じます。