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株式会社新経営サービス

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バイマンスリーワーズBimonthly Words

仁者に敵なし

2024年07月

まもなく新紙幣が発行されます。
3Dホログラムなどの偽造防止技術に加え、
視覚に障がいのある人が指で券種を識別できるよう、
みんなにやさしい“ユニバーサルデザイン”になっています。

触った時に分かりやすいように11本の斜線に統一され、
券種ごとに位置を変えてそれぞれ識別しやすくしてあります。
また、壱万円・五千円・千円の漢字表記を小さくして端に移動し、
大きくて見やすい算用数字が中央付近で表示されているのが特徴です。

そして、最高額の壱万円札肖像が 福沢諭吉から、
「日本の資本主義の父」といわれた 渋沢栄一に交代。
大蔵官僚として新政府で働いた後に実業家になった渋沢は、
第一国立銀行を拠点に、多くの企業や団体の支援をしました。

「道徳と経済は一つ」を唱えた渋沢の原点は幼少期に学んだ『論語』でした。
生涯にわたって約500もの企業や団体の創設・育成に貢献しましたが、
経営は信頼できる人物に任せ、自らは発起人や調整役に徹したのです。
さあ、渋沢はいかにして人物を見抜き、経営を任せていったのか…。

渋沢は人を採用する際の心得についてこう語っています。
「人を選ぶとき、家族を大切にしている人は間違いない。
 ~ 仁者(じんしゃ)に敵なし ~
 私は人を使う時には、知恵の多い人より 人情に厚い人を選んで採用している」

活動的な「知者」と どっしり構える「仁者」

「仁者」とは、情けに深い人、仁徳のある人のことで、
自分よりも他者を重んじて行動する人のことをいいます。
「仁」とは、他者に対する愛、慈しみ、調和を大切にする、
といった意味で、ざっくりいえば「思いやり」となるでしょう。

~ 知者は動き 仁者は静かなり
  知者は楽しみ 仁者は寿(いのちなが)し ~ 論語 雍也篇
知者は活動的であり、仁者は静かにどっしりと構えている。
知者は活発に動いて日々を楽しみ、仁者は穏やかに天寿を全うする。

また、両者の違いを水と山に例えています。
~ 知者は水を楽しみ 仁者は山を楽しむ ~ 論語 雍也篇
水とは、絶えず上流から下流へ流れる川の水であり、
山は、どっしりと構え、穏やかに私たちを見守っている。

知者とは、「知識があり、道理をわきまえた人」とされますが、
現代なら、マネジメントができる有能な人と解釈できるでしょう。
では、動と静、水と山といった両極の人をどうやって判別するのか?

採用面接の場で家族のことを質問するのはNGです。
ヘッドハンティングや人材紹介が一般的になった昨今、
業者の事前情報は得られてもそこに家族情報はありません。
ならば、最後は経営者の「人を見抜く目」が鍵となるでしょう。

「陰」の力がなければ 後継者を育てることはできない

この世の中は「陰」と「陽」で成り立っています。
 陽 … 陽 天 上 男 動 明 外 生
 陰 … 月 地 下 女 静 暗 内 死
陰と陽は“対”の関係にあり、切り離すことはできません。

知者は「陽」であり、仁者は「陰」になります。
ここで、陰陽思想の解釈で間違ってはならないのが、
この人は「知者」か「仁者」か? で分けるのではなく、
誰もが知者と仁者の要素を持っているという考え方です。

たとえば、経営者が積極的に活動したいと思う一方には、
どっしりと構え、静かにしていたい、もう一人の自分もいます。
つまり、両極にある性格も置かれている状況によって変わるために、
この人は知者で、あの人は仁者である、と断定しないのが陰陽の解釈です。

易経研究家の竹村亜希子氏は、陰の力の重要性を説きます。
「陰陽の陽は、強くて前に進む性質をいう。
しかし、陽の力だけでは自分の力を誇示して独善的になり、
人の意見に耳を貸さなくなって、いつか急激に失墜する。
そうならないために、自ら陰の力を生み出し、コントロールする必要がある。

一方の陰の力とは、従順・受容・柔和であり、
人に従い、相手の意見に耳を傾ける謙虚さを持つ。
いかに優秀なリーダーでも自ら陰を生み出さなければ、
いずれ周りの人間は去り、後継者を育てることはできません」

経営者には耳の痛い話です。
「仁」とは「陰」の力であり、
「仁者」とは、いつでも「陰」の力を引き出せる人。
総合的に、陽の力は陰の力に属し、陽の力よりも陰の力が勝るのです。

経営を任せられるかどうかは 任せる側の度量次第

論語には無限の力があります。
孔子の言行が収められた論語には、
多くの人をより良い方向に導く力がある。
そんな孔子の人生は「仁」を貫く生き方でした。

仁を支える「陰」の力は大地にたとえられます。
大地はあらゆる“天の気”を抵抗もなく受け容れ、
地上に万物を載せても、その重みに軽々と耐えている。
すべてを受け容れる「陰の徳」が大きな度量を育んでいく。

竹村氏は、リーダーの器量と度量の違いについても語っています。
「器量とは、高い地位にふさわしい才覚と対処能力をいい、
度量とは、自分のことを良くいう者だけでなく、
悪く批判する者に対しても同じように受け容れる能力」

人の上に立つと、まず自分を批判する人が出てきますが、
善も悪も、成功も失敗も、賛成派も反対派も受け容れる…。
まさに仁者に度量あり!それは大地のような「陰の徳」です。
経営を任せられるかどうかは、任せる側の度量次第かも知れません。

渋沢は企業や団体だけでなく、社会公共事業の支援にも尽力しました。
頼まれたらと断わることができない、という性格だったのか、
盲人のための全国組織として日本で初めて設立された、
「中央盲人福祉協会」の初代会長も引き受けています。

そんなご縁もあるのか、壱万円・五千円・千円の新しいお札には、
点字のような不思議なデザインがあちこちに施されています。
何かメッセージが込められているのでしょうか…。

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